江戸藩邸の「何でも屋」の活躍を描く
『高瀬庄左衛門御留書』で本屋が選ぶ時代小説大賞などを、『黛家の兄弟』で山本周五郎賞を受賞し、いま最も注目される作家の最新作『藩邸差配役日日控』。
主人公の里村五郎兵衛は、神宮寺藩の江戸藩邸で、「藩邸差配役」という役職をつとめている。「何でも屋」と揶揄されることもある藩邸差配役は、江戸時代における総務部総務課として想定した架空の役目という。里村はいわば現代の中間管理職といったところか。
「会社員時代、他部署では総務部の人と接触が多かったので、『総務部というのは、会社全体を把握するポジションなんだな』と印象に残っていました。あらゆる階層の藩士と交流することができれば、ドラマも尽きないだろうと。いい設定を考えついたと思ったのですが、いいこと尽くめというわけにはいかず、架空の役職なのでリアリティを持たせるのがひと苦労でした(笑)」
妻を亡くし、二人の娘と暮らす里村には、藩邸内のあらゆる面倒ごとが持ち込まれるのだが、ある日、桜見物に行ったお世継ぎの亀千代が行方知れずになったとの報せが入る。
すぐさま探索に向かおうとする里村だったが、江戸家老に「むりに見つけずともよい」と謎めいた言葉を投げかけられる。その真意をはかりかねながらも、亀千代捜索に知恵をしぼることになる。
「時代小説ではありますが、現代の読者にも通じる要素として、会社員の方なら誰でも経験のある上役や部下との関係、家族や友人、男女の交流などを盛り込んだストーリーを考えました。『自分にもこういう経験があるなあ』と共感してもらえたら嬉しいです」
バディものを好む砂原さんは、里村と亀千代をバディとして描いた。
「五郎兵衛は世を深く知る中年男性、亀千代はまだ少年でありながら、聡明ゆえ、過酷な環境でも自らに成長を強いてしまうところがあります。五郎兵衛は主人公ですが、見守る側のワトソン役ではないでしょうか。いっぽう亀千代がホームズ。自分の思いにまっすぐな少年らしさもあります。年齢も立場も違うふたりが心を通わせてゆく様子に注目していただけたら」
御用商人を巡る不正疑惑の追及、藩主正室の愛猫探し、謎めいた女を巡る男たちの争いの仲裁などに里村が奔走する一方で、江戸家老と留守居役の派閥争いが密かに過熱していく。
「続編があるなら、宇江佐真理さんの『髪結い伊三次捕物余話』のようなファミリー・ヒストリーとして描いていきたいですね」
すなはらこうたろう 1969年生まれ。2016年『いのちがけ』でデビュー。21年『高瀬庄左衛門御留書』で野村胡堂文学賞、舟橋聖一文学賞、22年『黛家の兄弟』で山本賞受賞。
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