- 2023.05.11
- インタビュー・対談
登録者数67万人のYouTuber・コウイチが繰り出した、読者の日常を搔き乱す『計画書』とは?
出典 : #WEB別冊文藝春秋
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
「この本には、仕掛けがある」——ものものしいコピーがおどる、漆黒の帯と表紙。まさに「ブラック」な笑いで人気を博しているユーチューバーのコウイチ氏が、初の小説を上梓した。舞台は平凡極まりない町だが、少しずつ日常が破れ、予想もつかない事件が顔をのぞかせる。
「ぬくぬくとした安全地帯に自分だけいられると思うなよ、と。登場人物はもちろん、読者も揺さぶる本にしたかったんです」
ネタバレ厳禁の話題作を生み出した、作者の”計画”をうかがった。
「生まれは北海道の田舎です。娯楽が本当になくて、小さいゲームセンターや、レンタルビデオショップのGEOくらい。高校生でYouTubeを始めたのは、ほかに娯楽がなかったからです。自分を楽しませるものがほかにないなら、自ら作るしかないなと」
そうして開設したYouTubeチャンネル「kouichitv」は、「今年まだ一回も寝てない人」「ヤバい人に取材してしまった教育番組」など、シュールなキャラクターによるコント動画で人気を博していく。
平穏な日常を揺さぶる設定の妙は、2021年に上梓した初の著書『最悪な一日』でも奮っている。ジャンルは「フェイクエッセイ」。現実の日々を綴っているようでいて、噓か、本当か、読むほどにわからなくなっていく。
「両親の影響で子供の頃から映画漬けで、中高生時代は地元のGEOで毎週のように新作5本セットを借りていました。なかでも惹かれたのがフェイクドキュメンタリーだったんです。大学生時代に観た、白石晃士監督の『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』がもう、衝撃で。心霊ドキュメンタリーなんですが、低予算で、霊も明らかに偽物なんです(笑)。でも映像の臨場感と最後のカタルシスが物凄くて、アイディアと熱量があれば『とんでもないもの』は作れるんだと震えました」
本作もまさに「アイディアまみれ」だと笑う。舞台はどこにでもある、何の特徴もない町だ。警官2人が廃墟で見つけた、その名も「計画書」に綴られた8つの事件の記録。サウナに閉じ込められた客、学園祭で暴れまわる高校生……いずれも町で実際に起きた出来事だが、なにやら結末が少しずつ異なる。このズレがもたらす違和感、謎にかき乱されながら、作中の警官と我々読者は、ともに「計画書」にのめり込んでいく。
「ふだん本を読まない友人に渡したら、2時間半で読み終わっちゃったんですよ。うける動画は投稿前に『これは視聴者に一発食らわせられるぞ』とわかるんですが、今回も同じ手ごたえがあります(笑)。こんな本、どこにもないだろと」
もともとは雑誌『ダ・ヴィンチ』の連載だったが、単行本化にあたって大幅に改稿。タイトルも『スピンオフな町』からあらためた。
「連載版はいわば輪郭です。メインストーリーをあえて描かず、その外側、周囲で起きている出来事ひとつひとつを短篇として提示しました。でも一冊の本として読ませるには、やっぱり中心に動線が必要だなと。8篇の物語を繫げて、警官2人を主人公にした一本の軸で貫きました。揃った材料を全く違う手法で料理したといいますか」
執筆のツールは「どこでも書ける」iPadだ。動画制作ではオチありきで台詞を書くことも多いというが、小説の執筆ではプロットはつくらない。舞台設定とキャラクターの練り込みが命だという。
「伊坂幸太郎さんの『残り全部バケーション』を読んで、キャラが立っていれば物語も面白くなるんだと確信したんです。渋くてワイルドで、ハードボイルドな男たち。連載当初はかなり影響を受けましたね」
作り上げたキャラクターはいずれも曲者ぞろいだが、どこかしら「共感できる」と語る。何者かになれるという思いから逃れられず、田舎でくすぶり続ける青年。人気者を目指す、真面目な中学生。持て余したエネルギーを内側で燃やす姿は、北海道の片隅で「何かを捨ててでも、いつか東京に出る」と誓った、かつての自分の分身でもあるという。
「だから理解できないキャラクターはいないんですけど、かといって、自分の都合通りに動かしたくはないんです。箱庭に登場人物を配置して、あとはもう『自由に動いてくれ!』とゴーサインを出すというか。作者として道案内はしないですね。キャラクターが勝手にやりたい放題しているうち、何かに導かれるように自然と結末へ向かっていく。行き詰まったことはほとんどないです。たいてい締切り前夜に書き始めるんですが(笑)、作者よりもっと上位の存在に操られているような”ゾーン”に入る感覚があって。一夜明けた頃には、自分でも思いがけない、でもこれしかないエンドに辿り着いているんです」
8つの事件はいずれも苦さのある終わりを迎える。「ハッピーエンドに疑いの目がある」からだ。
「ハッピーエンドは、読み手にとっては気持ち良いけれど、登場人物たちの人生はその後も続くわけで。『王子様とお姫様は結ばれました。めでたしめでたし』といっても、彼らにとっては日常のスタートラインでしかない。”幸せの絶頂”で幕引きするのは、単に、書き手と読み手の都合ですよね。
それに『ああ、よかったね』で終わると、記憶から流れて行って、単なる消費で終わってしまう。『あの後、いったいどうなったんだろう』といつまでも余韻がまとわりつくように、脳に引っかき傷を残してやりたいんです」
それぞれの物語、そして一冊の「計画書」が、どんな終わりを描くのか。コウイチ氏自身が「書き上げた時、客として一本の映画を観終えたような驚きを味わった」という結末は、読んだ者に鮮烈な爪痕を残す。
その「読書体験」こそ、娯楽のメインストリームが動画へと移り変わるなか、人気ユーチューバーがあえて本へと逆行した理由だ。
「僕は1996年生まれなので、本もCDも電子ではなく現物を触っている『最後のアナログ世代』です。本を買いに行く道中や、帰り道に寄ったファミレスのパスタの味、何より本の手触りが記憶として残っている。『計画書』の読者にも、読む行為そのもの、ページをめくる時のピリッとした緊張感やおそろしさを、傍観者ではなく当事者として体験してほしかった。脳と体に刻みつく、いわば”アトラクション”としての読書を実現したかったんです」
自分がワクワクできるものを、アイディア勝負で作り上げる。そのスタンスは小説も動画も変わらないというが、それぞれの媒体でしかできないことがあると言葉に熱を込める。
「この『計画書』も『動画でいいじゃん』と思われたら意味がない。小説には、映像とは違う面白さ、可能性があります。まず、ロケにお金がかからない(笑)。公園の使用許可もいちいち取らなくていいし、化け物もUFOもいくらでも出せる。現実では犯せないタブー、周囲が面食らうような理解できない行動も好きなだけ描けます。小説のアイディアはまだまだありますよ。話すと満足してしまいそうなので、まだ秘密ですが(笑)」
コウイチ氏の”計画”は、今後も無限に紡がれていく。
構成:岩嶋悠里
撮影:今井知佑
◆プロフィール
こういち
1996年、北海道生まれ。高校1年生のときにYouTubeチャンネル「kouichitv」を開始。3分以内の自作自演によるショートコメディが主で、ホラーやSF、都市伝説など様々な要素を取り混ぜたシュールな世界観が支持を集める。2018年には札幌国際短編映画祭で「最悪な1日」が特別賞を受賞。他の著書にフェイクエッセイ『最悪な一日』がある。