邪悪な鬼vs.陰陽師の最後の闘い
「もともと“鬼”の話を書きたいと考えていて、それを退治する側の陰陽師たちの存在も、ずっと気にかかっていました。ただ、当時は安倍晴明ブームがあって、二番煎じのものは書きたくない(笑)。いろいろと調べていくうちに、平安時代の陰陽寮の頭のひとりで、凄い才能の持主と書かれている、弓削是雄(ゆげのこれお)という人物を知りました」
高橋克彦さんが都の闇に跋扈(ばっこ)する怪異に立ち向かう、術師たちを描いた短編集『鬼』を出版したのは1996年。以降、このうち二編に登場した弓削是雄を主人公にした、長編ファンタジー『白妖鬼』『長人鬼』『空中鬼』『妄執鬼』は、「鬼シリーズ」としてファンを魅了してきた。そして先ごろ刊行された『噴怨鬼(ふんえんき)』は、何と19年ぶりのシリーズ最新刊であり、壮大な完結編でもある。
「シリーズをきちんと終わらせたいという気持ちは常に抱いていて、せっかくだったらこれまでの主要人物たちを全員登場させたい。皆で旅をしながら、だんだん一致団結していくようなストーリーを温めていました」
舞台は平安時代の京の都、応天門の変で罪を被せられた伴大納言(ばんだいなごん)が鬼の姿で現れ、疫病の種を撒き散らすと予言したところから物語ははじまる。藤原氏に強い恨みを持つこの鬼の背後には、さらに強大で邪悪な鬼が存在することに気付いた是雄は、鬼の正体を突き止め、さらに封じ込めるために、仲間とともに蝦夷(えみし)の地へ赴く――。
「是雄たちが目指したのは、陸奥にある東和の丹内山です。現在の丹内山神社のご神体である巨石には、艮(うしとら)の金神(こんじん)が封じ込められているとも伝えられ、奈良時代に津軽の地に移り住んだ物部氏にとっては、非常に重要な土地だったと考えられます。坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)がこれに対峙するように、毘沙門天を祀ったというのも、物部氏と関わりの深い蝦夷を恐れてのことでしょう」
高橋さんはこれまでも『総門谷』にはじまり「竜の柩(ひつぎ)シリーズ」など、東北文化圏を背景に、多くの作品を書き継いできた。封じ込められている真の存在は何者か? 巨大な敵の正体は? 本作でも息もつかせぬ展開と圧倒的なスケールで謎解きは進む。
「東日本大震災以来、作家として書けないスランプの時期が長かった中で、前作『水壁』に続き、期せずして今回も東北が舞台になったのは、もう一度、この地の豊かさを取り戻したいという願いが、心の底にあったからだと思います。新聞連載が一冊にまとまった時、ようやく自分が物書きに戻ってこられたという実感が込み上げてきました」
たかはしかつひこ 1947年岩手県生まれ。83年『写楽殺人事件』で江戸川乱歩賞、92年『緋い記憶』で直木賞、2000年『火怨』で吉川英治文学賞、ほか受賞・著書多数。