幕末の江戸を運び屋が駆ける
オール讀物新人賞受賞者が満を持して単行本デビューを迎えた。
主人公は江戸の街を駆け回る〈運び屋〉の円十郎。〈運び屋〉に持ち込まれるワケありの荷物を捌く裏稼業だ。〈運び屋〉には「(荷物の)中身を見ぬこと」、「相手を探らぬこと」、「刻(とき)と所を違えぬこと」と三つの掟が課され、命の危険を伴うこともある。手に汗握る時代活劇は、どのようにして書かれたのか。
「コロナ禍の真っ只中にこの物語を書いていたので、外に出られず鬱々としていました。そういうときに円十郎がチャンバラをして活躍するシーンを書いていたら不思議と気持ちが晴れたんです。まずは自分を楽しませたいという気持ちと、こういう明るい話なら、読者にも受け入れてもらえるかもと思い書き上げたのが今作です」
江戸が舞台の活劇だが、歴史的な大事件を織り交ぜることで物語はよりダイナミックに展開する。時は幕末前夜、幕府の屋台骨が揺らぎ世の中が徐々に不穏な空気に包まれていた。腕の良さを見込まれた円十郎のもとには、危険な荷物の仕事も舞い込んでくる。
ある夜、円十郎は攘夷を志す武士と手練れの忍び(?)に立て続けに襲われる。一体何が起きているのか。
「円十郎は歴史的な事件に巻き込まれますが、当事者ではありません。何しろ重要な荷物を運びますが、円十郎がその中身を知ることはありませんから(笑)。確かに歴史の重大事件に関わって活躍する主人公には憧れを抱きますが、現実世界では、僕も含め多くの人は傍観者にすぎません。でも、そのような市民の視点から見る歴史に魅力を感じますし、だからこその生々しさも生まれるのかなと。もし当時僕が生きていたらどんな風に歴史上の出来事を感じるのか、を意識していました」
円十郎を取り巻く人物たちが濃密に描かれるのも作品の魅力だ。父親との一筋縄ではいかない関係は目が離せない。それは三本さんの実体験が色濃く影響しているからだろう。
「僕の父親は謎が多い人で(笑)、1ヶ月間に1回しか帰宅しないし、職業は説明してくれないし、家にいるときは勉強をしろとうるさく行儀にも厳しかったです。父親の考えを捉えきれず、緊張しながら会話する頃もありました。一方で、歴史の話をたくさんしてくれたことを良く覚えています。その影響で歴史時代小説を書くようになってるわけですから、人生はどう転ぶかわかりません。今回の小説を書きながら、父親のことをよく考えていました」
活劇、歴史の裏側、父との関係と読みどころが満載の本作。大型新人の“最初の一歩”を是非目撃いただきたい。
みもとまさひこ 1990年生まれ。神奈川県鎌倉市出身。2017年「新芽」で第九七回オール讀物新人賞を受賞。本作『運び屋円十郎』で単行本デビュー。