いまを生きる私たちの道標となる物語の誕生
2019年に『そして、バトンは渡された』で第16回本屋大賞を受賞。同作は2021年に映画化され、文庫版は同年の年間ベストセラーランキング文庫部門(トーハン&日販)で第1位に。その後も次々と作品を発表し、来年には『夜明けのすべて』の映画化も控えている瀬尾まいこさんに、書下ろし新刊『私たちの世代は』について、お話をうかがいました。
同作は、小学校3年生になる頃に今までにない感染症の流行で不自由を余儀なくされた二人の少女が主人公。周囲の人々の力添えもあって就職の季節を迎えるまでを描いた物語です。
コロナ禍での経験を生かして
――この小説を書かれたきっかけは何でしょう。
いつもきっかけというのはなくて、後付けになってしまいますが……。コロナが収まり出して、今年度からウチの娘の学校も運動会が再開されたり、ちょっとずつ色々なことが広がってきました。もし私がそのとき子供で、突然行事だなんだが始まったら、それはそれで違うしんどさがあるかな、と思ったんです。
――娘さんはちょうど小学校入学のときにコロナ禍で休校になったと聞きましたが、その際に経験したことも生かされたそうですね。
入学式の後、2ヶ月くらい休校になったのですが、外に行くと言っても公園くらいしかなくて、娘と行くと、おばあちゃんと一緒に来た女の子がいたんです。あとで分かったのですが、その子は学年で一番背の高い女の子で、ウチの子は学年で一番小さいので、まさか同い年とは思わず、「お姉ちゃん、何年生?」と訊いたら「1年生」と言うので、もしかしたら一緒だねということから、何となく次の日も会うことになって。結局、休校中はほぼ毎日と言っていいほど会っていました。今も一緒に登下校をしています。
自分は大人しくて目立たない生徒だった
――そういった子供たちの姿をご覧になりながら、今回の物語を想定されたのでしょうか。
そのときは何も考えていませんでしたが、本当に子供がすごいなと思うのは、当時はマスクをしていて距離を取ったり、ちょっとずつしか会話を出来なかったりと厳しい中でも、すごく仲良くなっていったこと。学校が始まってもトイレ以外は席を立っちゃいけないような毎日を過ごしながらも、だんだんと友達に近づいていく姿がいじらしかったですね。こんな日常でも子供って楽しいことを見つけられるんだな、と感じました。
――この小説はコロナ禍のことだけでなく、それが落ち着いてからの話のほうが長いですよね。だからこそ、これからの我々の生き方を示唆してくれるような気がしました。絶対に影響は出てくるでしょうけど、それでも悪いことばかりじゃないよ、と思わせてくれる物語です。
勇気を与えたつもりはないんですけど。自分は大人しくて目立たない生徒だったので、コロナ禍でしんどいながら、別に一人でいることが目立たないし、ペアになっての活動とか行事がなくなって良かったと感じるタイプだったと思うんです。どこかでホッとして。おそらく、そういう子は多いんじゃないでしょうか。それに慣れてしまうと、いざ「さぁ、体育祭でクラス一丸になれ」とか言われたら、すごくしんどいんじゃないかな。一方で、このコロナ禍で行動を制限されて「青春を返してくれ」と言えるような子たちへの憧れというのもあるでしょうし、どちらの子供もいるだろうな、と思いますけど。
○○世代という言い方
――普段、小説の構想というのは常に何となく考えていらっしゃるのか、無理にでもひねり出すのか、そのあたりはいかがでしょう。これまでも色々な作品を書かれてきて、今回はこういう内容にしようという決め手みたいなものは。
まずパソコンの前に座って、書かなきゃと思って書きます。そのうちに物語が出来上がって来る感じなので、これにしようという強い意志はないんですけど……。ただ今回は二字熟語とかを使った賢そうなタイトルを付けようと考えてました。
――二字熟語!?
私のタイトルはいつも長いものが多いので、ちょっと難しそうな「虚構」とか「情熱」「理想と現実」みたいなタイトルを付けようかなと思ったんですけど、そんな話にはなりませんでした。
――そういうオチですか(笑)。 瀬尾さんの場合、タイトルは最初に決めていらっしゃいますか。
3分の2くらい書いたときに思い浮かぶことが多いです。終わりに近づくに従い、これはこうだよな、というように。
――今回は、まさにこういうタイトルのお話ですよね。世代というのは、よく○○世代とか世代間ギャップとか、揶揄のように使われることも少なくないように感じますが。
何とか世代という言い方はいつも阿保らしいなと思います。色々な人がいるのに、誰のことを指しているのだろうと。今の子たちのことを将来、大人たちは絶対にマスク世代と言うだろうなと思ったり。
印象的な食事のシーン
――瀬尾さんの小説に出てくる食事や食べ物のシーンはいつも印象的です。今回も、冴と母親が清塚君の家を訪ねて一緒にチョコレートを食べる場面が秀逸で、彼らにとってその後の人生を考えても心に残る場面ですし、読者の我々にとっても良いなと思えるものでした。そのあたりは意識して書かれていますか。
意識はしてないですけど、人と人とが関わる場面を書くことが多く、そのときに誰かと美味しいものを食べながら、しゃべっていると楽しいと思うので、たまたまそうなっているだけですね。特に食のことを書こうと考えているわけではないです。
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
コロナ禍のことを書いていると、個人の問題だけではないな、と感じることがありました。社会的なテーマを書いたつもりはないですし、誰かに何かを押しつけるようなものを書きたくないといつも思っていますが、是非読んでいただけるとありがたいです。
――ありがとうございました。
著者プロフィール
1974年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒業。2001年「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』でデビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2009年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞。2019年に本屋大賞を受賞した『そして、バトンは渡された』は2021年に映画化され、文庫版は同年の年間ベストセラー文庫部門(トーハン及び日販)の第1位に。他に『図書館の神様』『強運の持ち主』『夜明けのすべて』など。
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