新刊『雨だれの標本』に寄せて
2023秋 吉永南央
人は変わる。
新作の創作用メモの1行目には、こうありました。
このエッセイの依頼を受けて、私は最初に何を思って本作を書こうとしたのだろう、と思い、あらためて振り返ってみて発見したという感じです。人は根本的には変わらない、とも思っているのですが、メモにはこんな記述もあります。
変わらないことで、過去を取り戻そうとする人。
変わることにおびえて、今を失いかける人。
変化を自然として、今を生きる人。
それから、執筆にあたって、こんなことも考えました。
人は何によってできているのだろう。
それは「私自身が何によってつくられているのか」という問いでもありました。毎日の食事やストレッチ。家族や周囲の人々。彼らとの苦くも甘くもある記憶。それから、会ったこともない人たちが生み出したものたち。小説や絵画、音楽など。もちろん新作で重要なモチーフとなった映画もそのひとつです。
執筆中、何回か浮かんできた思い出があります。
おそらく、映画館での最初の記憶なのでしょう。私は幼く、左の席にはスクリーンに夢中な小学生の次兄がいて、右の席には母の気配が感じられる、そんなおぼろげな記憶です。映画のヒーローは、赤い仮面の忍者でした。
校正時に校閲から、その映画が『飛び出す冒険映画 赤影』(1969)だと教えられ、自分が4歳か5歳だったと知りました。次兄も母もご機嫌だったので、私も楽しかったのでしょう。年代の都合で作中からこの映画のタイトルは外しましたが、次兄が存命で元気なら、調べるまでもなくいろいろと教えてくれたと思います。
また、本シリーズを書く際は、主人公 杉浦草(そう)に重なる亡き祖母の面影を、小蔵屋に花を飾る場面では生け花のМ先生の朗らかで親身なご指導を思い出すこともしばしばです。
私をかたちづくるものは何なのか。
どうも、この世だけではないし、生きてきた時代のみとも限らない。もしかすると、時空を超えて出会ってただ心奪われる、あるいは、遠く離れてなお近くに感じられる、そういったものたちによって私の多くは成り立っているのかもしれません。
懐かしさと希望を感じつつ、今回の物語を書き終えました。
読むと、過去そして未来に向けていろいろな思いが広がる。そんなふうに言っていただけたら、幸せです。
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