「今年の連合大会、高校生セッションに抜群に面白い研究があったよ。定時制高校の科学部でさ、メンバーもいろいろで面白いんだ」
学生時代にお世話になった教授のそんな言葉をきっかけに、この小説は生まれました。
日本地球惑星科学連合2017年大会「高校生によるポスター発表」で優秀賞を獲得したその研究は、大阪府立大手前高等学校定時制の課程と大阪府立春日丘高等学校定時制の課程の「重力可変装置で火星表層の水の流れを解析する」。滑車を使った手作りの装置による、独創的なアイデアにあふれた研究でした。
年齢も抱える事情もさまざまな生徒が集まる定時制高校で科学部を立ち上げ、限られた設備と予算の中で活動を続けてきたのは、久好圭治さん(現・大阪大学特任研究員)、谷口真基さん(現・今宮工科高等学校定時制教諭)、江菅純一さん(現・槻の木高等学校教諭)の三人の先生方です。
久好先生らが指導にあたってきた春日丘高校定時制・大手前高校定時制・今宮工科高校定時制の科学部は、この重力可変装置と微小重力発生装置を用いた物性科学や惑星科学の研究で高く評価され、数々の賞に輝いています(2014年/2023年日本物理学会Jr.セッション最優秀賞、2012年高校生科学技術チャレンジ科学技術振興機構賞、2019年同・科学技術政策担当大臣賞、2020年高校生・高専生科学技術チャレンジ文部科学大臣賞、2013年/2018年日本地球惑星科学連合大会「高校生によるポスター発表」最優秀賞など)。
2011年には、彼らの微小重力発生装置に東京大学の橘省吾さん(現・東京大学宇宙惑星科学機構教授)が注目し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心とする「はやぶさ2」サンプラーチームが同様の装置で小惑星表面試料採取に向けた基礎実験に取り組みました。その結果が学会で発表された際には、春日丘高校定時制科学部が共著者として名を連ねています。生徒たちの研究は実際に、最先端の惑星科学に貢献しているのです。
この小説は、久好さんら三人の先生方の熱い思いと、それに応えた生徒たちの奮闘に感銘を受けて書いたものです。
いわゆる“普通”の高校生がほとんど登場しない物語ですから、青春小説にはなり得ないだろうと思いつつ筆を執っていましたが、書き終えてみればそこには確かに「青春」がありました。
それぞれのタイミングで訪れた彼らの青春にエールを送りつつお読みいただければ、著者としてこれ以上の喜びはありません。
伊与原新(いよはら・しん)
1972年、大阪生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻。博士課程修了後、大学勤務を経て2010年、『お台場アイランドベイビー』で横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー。19年、『月まで三キロ』で新田次郎文学賞、静岡書店大賞を受賞。20年刊行の『八月の銀の雪』は直木三十五賞候補、山本周五郎賞候補となり、21年、本屋大賞で6位に入賞。近著に『オオルリ流星群』。
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