『宙わたる教室』の舞台は新宿の定時制高校だ。歌舞伎町や新大久保からほど近い場所にある、なんてことない都立高である。
そこに通う生徒達が、科学部で火星のクレーターの再現実験を行う。全日制に通う生徒達が下校したあと、しんと静まりかえった夜の学校の片隅で、彼らは火星を作り出そうとするのだ。
生徒達が定時制高校に通う理由はさまざまだ。
文章を読むのが苦手で、自分のことを落ちこぼれの不良品と考える21歳の青年。
子供時代に学校に通えなかった過去を持つ、40代の日本とフィリピンのハーフの女性。
教室で過ごすことを「船外活動」と表現する不登校の少女。
中学卒業と同時に集団就職をし、ひたすら働いてきた70代の男性。
年齢、ルーツ、家庭環境も何もかも違う彼らだが、誰もがそれぞれのままならない過去と事情を抱えながら、それでも学校に通うことを選択し、定時制高校にやって来た。
科学部に入部しなくても卒業には何の影響もないのに、火星を再現したって自分達には別に何の利益もないのに、それでも実験をする。
『宙わたる教室』は、そんな〈それでも〉の描き方が印象的な物語だった。
4人の定時制の生徒に加え、全日制に通いながら情報オリンピックを目指すプログラミング少年、生徒達を科学部に誘う理科教師にもまた、胸に抱えたものがある。
「葛藤」というわかりやすい言葉で表すのを躊躇してしまうくらい、誰だって胸に重苦しいものを抱えて生きている。
抱えたものは簡単には解決せず、軽くもならず、未来はそう易々と明るくならない。それでも彼らは今日も学校に行く。火星のクレーターを再現するため、アイデアを出し合って実験をする。
物語に込められた〈それでも〉の部分にこうも注目してしまうのは、私自身が10代の頃、物語の中に描かれた〈それでも〉にたくさん救われてきたからなのだと思う。
それでも、学校に行く。それでも、働く。それでも、生きる。人を信じる。やると決めたことをやる。好きなものを諦めない。自分の未来を諦めない。
物語の中で描かれるたくさんの〈それでも〉は、フィクションだし、時には綺麗事だし、どれだけ頑張っても現実はその通りにならないことばかりだ。
それでも、物語の中の〈それでも〉が現実を生きるための浮き輪になる瞬間がある。溺れそうな自分の前に突然現れて、息をするのを助けてくれる。
事実、私もたくさんの浮き輪に助けられて大人になったので、〈それでも〉を描いた小説を読むと、学校の図書館に並んでくれと心から思う。
どれだけの名作が所蔵されていようとも、慌ただしく移り変わっていく時代の中にはその瞬間その瞬間の〈それでも〉があり、それが読む人の背中を少し押すのだ。
都合よく救ってはくれなくても、明日もちゃんと起きて学校へ行こうと思うくらいに。この本を図書館に置く学校なら、もう少しだけ信じてみようと思うくらいに。
『宙わたる教室』もまた、そういう1冊に違いない。
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