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一穂ミチが描く「愛」のかたち――新連載「アフター・ユー」に寄せて

一穂ミチが描く「愛」のかたち――新連載「アフター・ユー」に寄せて

一穂 ミチ

一穂ミチ「はじまりのことば」

出典 : #WEB別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

 二年半ぶりに「はじまりのことば」を書くことになった。前作(『光のとこにいてね』)のスタート時には、おうち時間を言い訳に怠惰な動画視聴ライフを送り、肝心の小説がまったくはかどらないという駄目っぷりを披露した。今現在のわたしは、おうち時間の期間などとうに明けたというのに、YouTubeプレミアムに加入し動画視聴が捗りまくっている。まるで成長していない……(by安西先生)どころの話ではない。バキどうチャンネルで人生が溶けていく。
 それでも「書かせてください」と言ったのは自分なので書かねばならない。仕事に関して「尻は軽いが腰は重い」という性分はたぶん一生直らない。連載開始に至る紆余曲折は前回とさほど変わらないので割愛させていただくが、「いなくなった人」の話を書くにあたり、母親に電話をした。母方の伯父はかなりの自由人で、若い頃の母は方々捜して苦労した、というエピソードを、ずいぶん前に聞いたことがあったからだ。
「あのさ、伯父さんに放浪癖があって、警察にも行ったみたいな話、昔してたやん?」
 ああ、それはね……と母は話し始めた。
『東京へ行ってきます、っていうはがき一枚残していなくなったから、お父さん(祖父)が一回東京まで捜しに行ったけど、手がかりもなくて、さんにでも潜られたらよう見つけられへんって話になってね。うちも貧乏やったから何回も上京できへんし(母の実家は和歌山)、そんで、お母さんは定期的に役場に行って確認して。結婚とか大きな変化があったら戸籍に反映されるでしょ』
「うん、で、警察は?」
『大阪府警が、春と秋のお彼岸に、身元不明の遺体のアルバムみたいなんを公開しててん。それを見に行ったわ』
「えっ……?」
『きれいな状態の遺体ばっかりではないからねえ、警察の人が「無理して見なくてもいいですよ」って言うてくれたけど、全部見た。そういう話』
「お、おう」
 予想とだいぶ違う展開だった、というか参考にならない。ご遺体の写真を一般公開して情報を募るという壮絶さと、「春と秋のお彼岸」というエモさに度肝を抜かれてしまった。そんなことが実際に行われていたのか? Googleに訊いてみたがそれらしい情報は出てこなかった。母の記憶が怪しくなっている可能性もあるが、おそらく六十年ほど昔のことなので、時代の流れに埋もれてしまっただけかもしれない。「検索結果が見つからない」=「なかったこと」ではない。年末やお盆でなく、お彼岸。寄る辺ない魂を、何とか家族のもとに返してやりたいという思いやりを感じ、しんみりした。
 ちなみに伯父は、わたしが物心ついた頃には妻帯して定職に就いていたが、そこに至るまでの過程もだいぶ特殊だった。あちこちの工事現場を転々として渡り鳥みたいに暮らしていたが、ある現場で出会った女性(のちの妻)がそれはそれは激しい気性で、束縛を嫌って逃げ出した伯父を追いかけたのだそうだ。その追いかけ方は「よく当たる占い師を頼る」というもので、大体の方角を教えてもらうと、そこいらの工事現場をしらみつぶしに捜して捕まえ、また伯父が逃げ……を繰り返した結果、さすがの風来坊も観念せざるを得なかったらしい。わたしにとっては陽気でやさしい、のほほんとした伯父だった。伯父以外には牙をどうもうな柴犬を飼っていた。
 一度だけ、そんな伯父から真剣に叱られたことがある。母方のある親族が、まだ働き盛りの年齢で妻子を遺して突然亡くなってしまった時だった。わたしは高校生で、葬儀の合間に「うちのお父さんが代わりに死ねばよかったのに」と漏らした。実父は、いろいろ問題のある人だった。
「そんなことを言うなっ!」
 と伯父は声を荒らげて怒った。母が「うちは自由に言わしてんねん」とえて軽い口調で言っても、「あかん、そんなもん」と譲らなかった。わたしは黙ってそっぽを向いた。実父がどんな人間か、妹である母がどれほど苦労をしてきたか知っていてたしなめてくる伯父に腹を立てていた。いま、あの時に戻れても反省はしない。わたしはやっぱり、まるで成長していないようだ。
 電話越しの母の声は細くかすれ、「おばあちゃんの声やな」と思った。向こうもわたしのことを「こいつもすっかりオバハンになったわ、産んだ時はあんなにかわいかったのに、ハァ」とか思っているかもしれない。息子を捜し、土地勘もない東京にひとり降り立った祖父も、伯父も、柴犬も、父も、もうこの世にいない。に入った母も、そう長くはないだろう。「お兄ちゃんかも」と思いながら、死んだ人しか載っていないアルバムをめくり続けた心情は計り知れない。
 死ぬまでに、あと何本小説を書けるのかな、とふと思った。連載というのは当たり前だが大変で、締切にきゆうきゆうとしてやっと書き上がったと思えばゲラが襲来し、事細かなチェックに「えろうすんまへん」と身を縮めつつ赤を入れ、さらに再校のゲラを見て、ひと息ついたらすでに次の締切が迫ってきている。しんどい、もういやだ、と何度も思う。思いながら机に向かう。そんな日々がまたやってきて一年とか続くのを想像するだけで恐ろしい。でもこれがわたしの、何分の一か何十分の一かわからない小説になる。
 どうか、よろしくお願いいたします。

 

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