- 2023.12.21
- 読書オンライン
「怒鳴られながらも取材を続け、本音を引き出した」原発安全神話を徹底取材した青木美希さんの新刊は、なぜ勤務先の新聞社から「出版は許可できない」と言われたのか
「本の話」編集部
『なぜ日本は原発を止められないのか』(文春新書)著者インタビュー
新聞社に勤めながら、個人で取材活動を続けるジャーナリスト・青木美希さんが、ライフワークとして取り組んできた原子力発電所の問題。関係者を訪ね歩き、過去の文献や報道も徹底検証してまとめた『なぜ日本は原発を止(や)められないのか』(文春新書)が反響を呼んでいる。
東日本大震災で起きた福島第一原発事故を契機にドイツやイタリアが「脱原発」に舵を切る一方、依然として地震リスク、津波リスクの高い立地に数多くの原発を抱えている日本は、稼働中原発の使用年数を実質的に延ばす法改正など「原発回帰路線」を推し進めている。
あのような未曾有の災害、悲劇を経てもなぜ、この国で原発はかくも優遇されるのかーー。
父も祖父も、電力関係の仕事をしていた。子供のころから関心があった
ーー青木さんはこの作品について、「はじめに」で「私が記者として勤めてきた3つの報道機関の社益を離れ、30年かけて一人の人間として聞き歩いてきた、その集大成である」と書いています。
青木 私の祖父と父は、電力関係の仕事をしていました。祖父は原発を導入する前の電力会社に勤めていて、父は新しいエネルギーの開発に携わる大学教授でした。そんなこともあって、実は子供のころから、エネルギーとはどういうものなのか、石油資源のない日本はどのようなエネルギーでやっていくべきなのかを自然と考えるようになっていました。学生時代も、そして大学を卒業して新聞記者になってからも、この問題は個人的にずっと追い続けてきました。学生のときに知り合ったエネルギーの研究者をはじめ、これまで100人以上、被災者を含めると数百人を超える関係者にお話を伺ったと思います。
意見の異なる人たちにも、もちろん話を聞きました。ときに怒鳴られながらも取材を続け、原発推進派の重鎮や官僚も、次第に実態を打ち明けてくれるようになりました。たくさんの人たちの証言を手がかりに、書き上げた一冊です。
原子力ムラが作った「安全神話」、その歴史と成り立ちを訪ね歩く
ーー書影を見ると、帯には〈「安全神話」に加担した政・官・業・学そして、マスコミの大罪!〉と書かれていますね。
青木 戦後の日本では、1956年に当時の総理府に原子力委員会が設置されて以降(現在は内閣府に設置)、1966年の東海原発の運転開始、1971年の福島第一原発の運転開始、と原子力政策が進んでいく過程で、原発安全神話が形成されていきました。私たちも、原発の危険性は知っていても、いつの間にか「原発はすごく大きな力で動いている。すぐに止められるものではない、しかたがない」といった受け止め方をするようになっていた。でもこの考え方は明らかに神話の影響で「そう思わされている」に過ぎない。本当にこの考え方しかないのか、本当にこの選択肢しかないのか、という疑問を解きほぐすことが本書の大きなテーマの一つとなりました。
ーー1970年代に、研究者が「事故時の被曝シミュレーションをしたい」と予算要求をしたのに、「事故は起きないのになぜ事故のテーマの研究をするのか」と予算がつかなかった、というエピソードが第3章(原発はなぜ始まったか)に書かれています。まさに、安全神話のありようを端的に指し示していますね。また、福島第一原発の事故よりも前、遠隔操作ができるロボットの導入が検討され、実際に世界水準のロボットが30億円もかけて6台も作られたのに、「原発などの災害時に活用する場面はほとんどない」と採用されず、ロボットが廃棄されたり......。
青木 もし開発がすすんでいれば、事故の深刻化を防ぐことが可能だったかもしれません。こういった「過酷事故は起こらない、だから備える必要はない」という神話を「原子力ムラ」の人々が作り上げたのですが、では、ムラの住人である政(政権与党)、官(経産省や科学技術庁など)、業(電力会社や業界団体)そして学(大学の原子力研究者)はどのようにしてつながり、どのような相互依存関係を作っていったのか。関係者に粘り強く話を聞き、その成り立ちをたどっています。
そしてムラの人たちの主張の拡声器的な役割を果たしたのが大手マスコミです。彼らが大手マスコミをどのように取り込み、どんなプロパガンダを展開してきたのかについても、改めて検証を加えています。
ーー2023年の8月から、福島第一原発からの処理水の海洋放出が始まっています。これについてのメディアの報じ方もまた、検証する必要があるでしょうか。
青木 いわゆるALPS処理水について、「IAEA(国際原子力機関)が安全だと言っている、だから問題がない」と大きく報道されていますが、実際の問題点についてはなかなか報じられていないな、と感じています。X(旧Twitter)でも、「(処理水は)処理されている、だから汚れていないのだ」という書き込みがある。でもこの水は、原子炉等規制法のうえでは「放射性廃棄物」です。そういう点をきちんと指摘した報道がなかなか出てきていないな、と感じています。
2年前に刊行予定も勤務する新聞社から「許可」がおりなかった
ーー実はこの本は、2021年10月に出版することが決まっていました。
青木 はい。ところが、所属している新聞社から許可がおりなかったのです。文藝春秋から出版しようと思い、会社の「社外出版手続き」に従って申請書を出したところ、「この書籍の内容は職務である、だから他社から出版することは認められない」と言われてしまいました。これまで、この種の申請書が拒否された、という例は聞いたことがありませんでした。
最初に話したように、私はこの新聞社に所属する前から、このテーマを追いかけていましたし、この新聞社の記者となって以降も、職務以外の時間や休みを活用して取材・執筆をしてきました。だから、この本は「職務」にはあたらないと確信しています。
ところが新聞社は一方的に「職務である」と判断をくだしました。そこで文藝春秋の方が私の上司に直接会って説明をする、という提案をしてくれましたが、上司は「(会うことは)辞退させていただく」とメールしてきて、結局説明もできませんでした。
ーーそれから2年、刊行ができない状況が続きましたね。
青木 この2年で「わたしたちの声を伝えてください」と話してくれた原発事故の被災者や、昔の監督官庁や専門家の方で原発の歴史を教えてくれた方、「いつ出版になるのですか」と楽しみにしてくださっていた方たちが何名も亡くなってしまっています。少しでも早く世に出さなければと思っていましたし、準備は継続して進めていました。
すると新聞社は今年の9月28日になって「社外活動に関するガイドライン」を改定してきたのです(10月1日施行)。その改定によって「本社の報道・取材領域に関わる取材・執筆・出版等」も「職務」に含まれる、とされ、その社外活動の場合は「編集部門の確認(監修)を受ける」と書き加えられています。新聞社の「報道・取材領域」は極めて広く、世の中のことすべてが「職務」に含まれてしまう、ともとれます。また、監修を受ける、となると、この本の中身、特にさきほどお話しした安全神話に加担したマスコミの実態をそのまま書くことは難しくなるでしょう。そこを省くことは、読者や取材先への裏切り行為です。
そこで本書では、私がいま所属している会社の名前を経歴から外しました。今どこに所属しているか、を書かずに、個人で得た情報をもとに本を書きました。
この本の印税は「私益営利」には使わず、取材経費に充てる理由
ーー会社との詳しいやりとりは、本書の「おわりに」に詳細に記されています。なによりも帯文言に、本のタイトルよりも大きな字で「マスコミの大罪!」と書いてあることの意味が「おわりに」を読むとわかります。
青木 また、私益営利を目的としなければ、個人的活動について社は関知しないとのことなので、この本の印税は取材費と今後の取材活動に充てさせていただくことにしています。
ーー青木さんは、今後も原発の取材を続けていく予定ですか。
青木 はい。ライフワークですから、続けていきたいと思っています。特に、被災者の方々の声はきちんと伝えていきたいですね。今年の春の時点で、まだ原発事故による避難者が少なくとも3万人以上いらっしゃいます。たとえば講演でその話をすると「まだそんなにいるんですね」という反応をされてしまいます。SNSなどを駆使して、現状をみなさんに伝え続けなければと思っています。本書でも第1章で被災者の現状をまとめています。ぜひ手に取っていただけたら幸いです。
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