「恋愛小説の依頼を受けると、自動的に男女の関係を書いてしまう不自然さには、自分でも気が付いていて。これまで女性同士の恋愛は何度も書いたことがありますが、男性同士の恋愛はなかった。もっと恋愛の枠組みを広げないと世界が狭くなってしまうと思い、この作品を足掛かりとして、自分に挑戦する気持ちで書きました」
高校生の羽田海は、幼い頃から「女の子っぽい」と、いじめを受けてきた。育ての親・美佐子の仕事の都合で転校することになるが、これまで通り、空気のように過ごすと心に決めていた。しかしそんな海が転校先で出会ったのは、人気者で彼女もいて優等生の長岡忍。海は思いがけず恋をする――。
「2人と時間を共有する同級生の璃子は、BL本を愛する女の子ですが、彼女は、目の前の2人と大好きな小説世界との間に、自ら線を引きます。私も彼女同様、海と忍に対して『無のカメラ』で2人の関係性を捉えました。BL作品に明るくはないのですが、男性同士の関係性に萌えを見出したり欲情したりせず、ただ淡々と様子を映し出すことに徹しました。BL作品自体を否定するわけでは決してないのですが、当事者は一体このジャンルをどう受け止めているのだろうか、とよく考えます。正直、消費されることに対しては複雑な気持ちにもなるのではないかなと思うんです」
ジェンダーに関する議論は移ろいゆく。しかし「週刊文春WOMAN」誌上で連載された本作で、窪さんが重きを置いたのは、ある一点だった。
「海と忍が考えつづけるように、『僕の普通は僕の普通で、誰にも侵されるものではない』ということですね。とにかく、その思いを描きたかったといっても過言ではありません」
様々に視点が切り替わっていく本作。海の父・緑亮、その再婚相手である美佐子も、自らの視点で海を語る。そこには「家族」への問いかけがある。
「美佐子さんは海の育ての親ですが、血縁から言うと、二人は他人同士です。家族には『言わなくても理解してくれるはず』と、甘えに近い前提が生まれやすいと思います。でも二人は、互いに言葉を尽くす。何かを伝えたいときにはきちんと言葉で説明する、得難い関係性を作り上げています。
この物語は、海と忍の関係だけでなく、登場人物それぞれから見た、海一家の歴史を描くものでもあります。今の日本では『結婚=家の繁栄』ひいては国の繁栄すらも意味します。でも、結婚も子育ても、当人が望むかどうかに尽きるはず。そこに、あまり性別は関係ないですよね」
くぼみすみ 1965年東京生まれ。2009年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞しデビュー。22年『夜に星を放つ』で直木賞受賞。近著に『ルミネッセンス』
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