『世界一流エンジニアの思考法』がベストセラー躍進中の米マイクロソフト現役エンジニアの牛尾剛さんと、『物語思考』がヒット中のけんすうさんの初対談が実現! 生産性を高めて、仕事のあり方を刷新する思考法について縦横無尽に語り合った。
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二人が「メソッド好き」になった原体験
牛尾 初めての対談、大変楽しみにしていました。
けんすう 本日はよろしくお願いします。まず僕のほうから本の感想を話させてもらうと、『世界一流エンジニアの思考法』は正直めちゃくちゃ良くて、いま会社で全員分購入して、みんなで読書会をやろうという話をしているくらい、衝撃を受けました。
「試行錯誤する」とか「会議には準備して臨む」とか、我々は逆のことをやっていたなと気付かされた点もありましたが(笑)、頭のいい人は難しいことの理解にしっかり時間をかけるからこそ、その先が早いという指摘には、本当に共感しました。
牛尾 ありがとうございます。僕も『物語思考』を読んだんですが、もうとにかく面白くて2023年のマイベスト本! 本書に書いてある通りに、自分の「なりたい状態」を言語化し、キャラを設定するステップを実践してみたのですが、自分という人間をうまいこと揺さぶることができて、今後のストラテジーを立てるのに最高の一冊でした。
本書の中で、「自分がどうやったらできるようになるか?」のHow toを徹底的に学んで、ご自身でもつくってきたことを書いていましたが、けんすうさん「メソッド好き」ですよね?
けんすう そうなんです。きっかけは大学受験なんですが、もともと勉強ができなくて偏差値が低かった僕は、予備校に行って点数を取るテクニックで、テストに合格するためだけの勉強をしたらめちゃくちゃ成果が出ることがわかって、How toが面白くなってきたんです。
例えば、日本史の授業なら、普通の学校の先生なら「教科書の太字は重要だからすべて覚えなさい」というところを、予備校では、過去何十年かの入試を全部データベースにして出る順番をつけて、「上から順にやりなさい」と。10年間で3回出ている問題さえ解ければ大半のテストで正答率90%を超えるというデータがあり、それだけをやればいいというのでビックリしたんですが、すごく効果があって合理的でした。
牛尾 非常にクレバーなメソッドですね! 僕も似たような体験があって、幼少期から勉強も運動もできないのび太君みたいなやつだったんですが、生まれて初めての成功体験が大学受験で、和田秀樹さんの『受験は要領』という本を読んで衝撃を受けたんです。それは、まさに点を取ることに特化した方法で、この数学は丸暗記せよとか書いてある。とんでもないなと思ったんですが、その通りやったら自分の志望校に合格できたんですよ。当時の偏差値からしたら絶対に無理だった大学に。そこから僕はメソッド好きになりました(笑)。
一流の人がピアノを弾くようにコードを書いている環境
けんすう すごくわかります。牛尾さんって自己評価がけっこう低いですよね? プロフィールを見るとすごく上手くいっているエリートに見えるのに、「自分はできない人」だとあちこちに書いていて。
牛尾 別に謙遜しているわけじゃなくて、マジ三流なんですよ。ちょっと偉そうな言い方すると、僕はエバンジェリストとしての才能はあったんです。何の努力もしないのに、世界中にいるチームメートの中でワールドの大会で一番を取ったりしてましたから。でも、自分が何かやる、「手を動かしてプログラミングする」とかになったとたんに暗黒です。日本ですらプログラマーとして通用しなかった。周りからは「牛尾さん、コンサルとかPMなら才能あるのに、プログラマーとしては正直才能ないんで止めといたほうがいいですよ」って言われていたほど。自己評価が低いんじゃなくて、これは客観的なアナライズなんです。
けんすう なるほど。でも本に書かれているメソッドで、プログラミングでも一流の人たちに追いつけるようになった実感があるんですか?
牛尾 まだ道半ばだとは思っています。僕の周りはもう意味わからんくらいに賢い人やスーパー一流の頭脳の人がピアノを弾くようにコードを書いてますから。そんなインターナショナルチームで、三流なりになんとかサバイバルできています(笑)。
自分よりはるかに頭のいい人が10回もビデオを見て学習していた
けんすう やっぱり本で驚いたのはそんな賢い人たちも、理解するのにしっかり時間をかけているということ。僕も、プログラミング書いてたことがあるんですけど、検索してコピペして作っても結構動くところまで行っちゃうので、めっちゃ試行錯誤して動かして、あとからバグ直すみたいなことをやりがちで、反省しました。
牛尾 僕はアメリカ行くまで理解に時間をかける重要性を全くわかってなかったですね。自分がコードを書くのが遅いのは頭が悪いからだと思っていた。
僕がやっているAzure Functionsという巨大クラウドサービスは、世界中の人たちが使うから、ものすごく複雑なアーキテクチャーになっているんですが、その中のマイクロサービスごとに教則ビデオがあるんですね。社内向けにエンジニアが解説している1時間半くらいのものが。
これがすごく複雑な内容なのに大学の新卒の子とかがアーキテクチャーを理解してがんがんコードを書いている。なんでそんなことができるんだろうと思って聞いてみたら、「いやー、あれ難しいですよね。だから僕はビデオ10回見ます」という。自分よりはるかに頭のいい人が理解できるようになるまで繰り返し見て、十分に時間をかけて学んでいたことに衝撃を受けました。
僕は1回見て「自分の頭じゃわからないから、あとはコードをいじっているうちに掴めるだろう」という感じでやっていたのに。
「いきなり実践投入して慣れさせる」日本の傾向
けんすう コードに限らず、日本では1、2回みてわかんなければ「まずやってみなくちゃわからないから」とすぐ行動に移させる場面が非常に多いと思います。本当は、ボーリングのセンターピンを打ち抜くように物事の核心を理解したほうが断然効率がいいのに。
日本は本来、空手や茶道などまず「型」を徹底的に身につけさせる文化があるはずなのに、なぜか仕事においては「いきなり実践投入して慣れさせる」傾向がすごく強い。最近とくに、日本で「とにかく動け」「まず試行錯誤しよう」みたいなアドバイスが多いのは、“考え過ぎて行動できない人”が増えたことも背景にあると思いますが。
牛尾 でも理解の深さこそが生産性の鍵なんですよね。少なくともエンジニアの世界では、試行錯誤からはじめてしまうと膨大な時間をとられます。ソフトウェアは目に見えませんから、まずは徹底的に理解して頭の中にメンタルモデルをつくるのが重要で、「このシステムはこういう構造の中で、この一連の動きをする」みたいなイメージをしっかり持つ。すると、障害が起きてログが出たときに、「このログが出ているということは多分この流れの中で何かが起こってるから、残りの可能性はこれとこれだ。だったらそれが特定できるようにログを投げてみよう」と、クリアに仮説を立てられます。
このコーディングかもしれない、あのコーディングかもしれないとごちゃごちゃ試していると、そのつど15分待つし、うまくいかなかった時に雪だるま式に時間のロスが生じてしまいますから。
けんすう 本当にそうですよね。知り合いの優秀なエンジニアも同じようなこと言ってて、バグがあった時はいきなりコードを見ずに、「ここがこうなってこうだから、あそこがこうなっているかも」と30分くらいしゃべってから初めてコードは見ると言っていました。
つまり全体構造がこういう仕組みで動いているからここがバグを起こしやすい、というところまで考えてから見ないと、コード全部読むか、エラーログを見て勘で探ることになってしまう。この思考法は人生全般にもすごく役立つ本質的な話だと思います。
学生1人あたりの教育にかけているお金の日米格差
牛尾 あと日本とアメリカの環境で大きな違いを感じるのが、ベースとしている学問の厚みです。日本では、勉強なんて社会に出て役立たないから大学生活をエンジョイしとこう、みたいな風潮が強いですが、アメリカではエンジニア職は最初からコンピューターサイエンスの知識がめちゃくちゃ求められます。みなコンピューターサイエンスの学位があり、博士号を持っている人も多い。
そもそもイノベーティブなことをしようとする時に、知識や技術のない人が集まってもイノベーションなんて起こせませんよね。
けんすう 全くの同意見です。ある教育畑の人に聞いたんですけど、アメリカの大学は1人の学生にかけているお金の量が日本と全く違っていて、例えばハーバードだと1人あたり4000万円ほどかけられている。ところが日本だと一番お金をかけられている東大でも数百万円ほどで、早稲田大学あたりの私立では150万くらいなんだそうです。
大学の教育の品質も、かけられているコストも全然違って、もう相当な差が開いてしまっている。アメリカでは社会がしっかり教育に投資をしていて、そこでのリターンも得ている好循環があると思います。
(その2へ続く)
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