- 2024.02.16
- 読書オンライン
21歳の現役医大生が描く青春スポーツ小説は、熱血も涙もないのにリアルすぎる!
久田 かおり
元体育会書店員が『八秒で跳べ』(坪田侑也著)を読む
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
青春スポーツ小説、と聞いて頭に浮かぶのは、熱血、根性、執念、汗と涙と挫折、そして栄光、か。けれど、この『八秒で跳べ』はそんな今まで読んできた青春スポーツ小説とは違う読み心地に満ちていた。
まずもって主人公の景には、チームのみんなと力を合わせて勝利を勝ち取るんだ!という熱い心も、自分自身の可能性を極限まで広げ高めるための血のにじむような努力も、そしてライバルと切磋琢磨して頂上を目指すんだという気合も見当たらないのだから。
どこか冷めた目で部活をこなす。中学からのチームメイトを自分より格下だとなめている。練習試合でのケガのせいでチームに迷惑をかけたことに対する罪悪感がない……って書いてくるとどうしようもないイヤなヤツに思える。このまま終わったらイヤミスならぬイヤスポーツ小説になるじゃないか! と不安がわいてくるのだが、その不安が実はかつての自分自身の中にあった周りへの冷めた感情由来のものだと気づいて、愕然とした。
景の出口のないまま蓄積しているもやもやには、覚えがあるぞ、と。だからこんなにもイヤな気持ちがわいてくるのか、と。自分自身が部活に対して血と汗と涙に塗れながら根性論全開で全力投球していたことも、がんばることに意味を見出せなくなって消化試合のように過ごしたことも、両方経験があるからこそ、景の姿に嫌悪と同調が同時に湧き上がる。
部活ってなんだろうか、なんて考えたことなく、将来の自分に何のプラスにもならないことさえ部活の意味だと思っていたころから、どうせその道のプロになるわけでもないんだし、全国大会までいけないなら進学にもプラスになるわけでもないし、と適当にこなしていたころまで、その全てに身に覚えがありすぎて胸が痛む。
でも、いや、だからこそ、不思議な元クラスメイトとの出会いや、見下していた仲間の全力の努力が、景の内面の変化を誘う、その流れがリアルに感じられる。スポ根モノになじめない人に、熱いだけの青春スポーツ小説に物足りなさを感じている人におすすめしたい。
つぼたゆうや/2002年、東京都生まれ。2018年、15歳の時に書いた『探偵はぼっちじゃない』で、第21回ボイルドエッグズ新人賞を当時史上最年少で受賞、翌年KADOKAWAより出版された。中学、高校時代はバレー部に所属。現在は慶應義塾大学医学部3年生。
ひさだかおり/精文館書店中島新町店勤務。「本屋が選ぶ時代小説大賞」選考委員、「WEB本の雑誌」や文芸誌書評、文庫解説などでも活躍中。
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