2006年に『鴨川ホルモー』でデビュー。同作の他、『鹿男あをによし』『偉大なる、しゅららぼん』『プリンセス・トヨトミ』が次々に映像化されるなど、多くの話題を集めてきた万城目学さん。「ホルモー」シリーズ以来16年ぶりに京都を舞台にした『八月の御所グラウンド』で、第170回直木賞を射止めた。1月17日選考会当日、受賞記者会見で喜びを語った。
直木賞を獲ることはないと思っていた
――直木賞を受賞された、今のお気持ちからまず一言お願いいたします。
万城目 もうずっと(直木賞を)獲ることはないなと思ってたんで、全然この1ヶ月ぐらいも緊張せずに、全く他人ごとのように暮らしていました。今日も「もう今日あるんか?」みたいな感じで過ごしてましたので、本当に連絡が来て、そしてなんて言われたか忘れましたけど、「受賞です」みたいなこと言われたときは、本当にびっくりしまして。ああ、こんなことあるのかと、そういうふうに感じました。
――初ノミネートはデビュー翌年だったと思うんですけれども、それから16年半長かったというふうにお考えでしょうか? あるいはあっという間だったと感じていらっしゃいますか?
万城目 あっという間ということはないなと思いますけど(笑)。でも普段から直木賞っていうのが、何というんですかね、別に隣にいる賞ではなくて、本当にたまにしか隣に……。たまに隣に来てもあんまり目線を合わさずに別れていくっていうのをずっと続けてたんで、だから今回も目線を合わさずに、何かまたすれ違うのかと思っていたんですけど、やっぱり17年経つと、多少は袖を触れ合ったなっていういう感じですね。
――今回は京都が舞台で、『鴨川ホルモー』というデビュー作も京都が舞台だったと思うんですけれども、京都という風土が創作にはどのように影響を与えているんでしょうか。
万城目 会見を待っているときには最初に「京都にありがとう」と言おうと思っていたんですけど、すっかり忘れてました。本当にデビュー作は舞台が京都で、京都を舞台に書かなかったら小説家にもならなくて、しばらくして2年目に『ホルモー六景』という作品を2007年書いてから、16年ぶりに久々に京都の話書いて、こういうふうに初めて賞をもらったんで、本当に京都におんぶで抱っこっていう、そういう作家だと改めて思います。
――16年ぶりに書いてみようと思った理由は何だったのでしょうか?
万城目 デビュー前に京都を書いたら、次は奈良を書いて大阪を書いてみたいなことを適当に考えてまして、それでデビューできたんでその通りにやっていって、それからどうしようかというふうに考えたら、滋賀を書いたりとか、どんどんどんどん京都から離れていってしまいまして、どうしても次はこういうのを書きたいっていうのが勝手に浮かんでくるんで、それを一個一個つぶしていくうちに、また京都に帰ってもいいかなと思うようになるのに15、16年かかったっていう自然な感じでした。
投げたら勝手にスライダーになってしまう
――選考委員の林真理子さんの選評の中で「日常にふわっと入り込む非日常が、もう本当に巧みである」とおっしゃってたんですが、日常にふわっとかどうかは別として、非日常が入り込んでくるというのは、もう万城目さんの最初からの万城目節というか、万城目ワールドの特徴だと思います。なぜ非日常が入ってくるんでしょうか?
万城目 そこはもう癖といいますか、勝手に投げたらスライダーになってしまうみたいな、そういうのに近いところがあって、結構、今までも直木賞の選評を見ると、そのスライダーをやめろと、普通にストレート投げたらもらえないこともないみたいな感じの優しいアドバイスくれる方いっぱいいたんですけど……。それはそれでわかるんですよ。それはストレートを投げたらそれにこしたことないと思うんですけど、また次書くとどうしてもね、そういうのが入ってきちゃうんですよね。
そっち(非日常)の方が話が膨らむというのが自分でもわかるんで、ついそっちを選択してしまい、そしてノミネートされるとまたスライダーだと指摘されているのをずっと続けてきたので。だから今回も駄目だろうと思ったのは、今まで落とされてきた要素を別に忌避するわけでもなく、そのまま前と同じベクトルで書いてたから、今までの感じで行くんやったら、今回もあかんわなっていう、そういうこっちの見立てだったので、なぜその評価の方に変ってくれたのかっていうのが、ちょっとこれから聞きたいぐらいな……いや、怖いから聞かないですけど(笑)。
――今のお話を受けて、同じく選考委員の林さんは最後の方に、「ふっと肩が抜けて」とか、「さりげなく」っていう言葉を使われてたんです。今まではスライダーを投げるにしても、かなり肩に力が入っていたものが、今回は力が抜けたスライダーだったというような実感はありますか。
万城目 うーん、ないですね(笑)。でも、ただ話の内容的にそれが過剰にはにじみ出ない話の内容だったんで、その話にあった非日常の加え方っていう、そういう風なのはどうしてもあるんで、題材の選択がたまたまいいバランスというか、味付けになったような気もします。
手応えは感じたが、その書き方はもう忘れてしまった(笑)
――京都が舞台というのに加えて、今回また青春小説ということで、ある種の原点回帰とも言えるのか? またそれを今書ける新しさがあったのか? 万城目さんの中ではどのような位置づけの作品になったのか教えていただけないでしょうか?
万城目 毎回書けばいいじゃないか、っていう風になるんですけど、やっぱり青春小説じゃない話もいっぱい書きたいんで、ちょうどそれを書くというタイミングが来るのに、十何年かかったっていうこともあるんです。それでも今回『八月の御所グラウンド』を書いた後には、今まではあんまり感じたことがない……そんなに長くない作品なんですけど、書いた後に何か今回はちょっと違うものを書いたような気がする、と。
手応えというか、何かそのときに分かった気がしたんですが、このやり方で書くと、こういう手応えの良い作品が書けるってそのとき思ったんです。けれども次の日に全部忘れちゃって、書き留めたらよかったなと(笑)。何かしらがね、いい方向にいったんですよ。それはまだ何かちょっとわかんないです。
大学生が草野球するっていう、それだけの話なんで、放っておいても青春小説にはなるんですけれども……昔よりやはり年を取った分、『鴨川ホルモー』のときは本当に20歳、21歳、22歳とか本当に同世代の人たちの横の関係の話しか書けなかったんですけど、やっぱ46歳、47歳になって、15、16年経って書いたときには、20代の学生の話とその上の世代、60代とかのちょっとおじさん世代の話も入れられて、さらにその上の世代というのも、結構短い作品の中でたくさんの縦のラインとかを、ボリュームが少ない中にも入れたっていうのが、多分、前とは全然違う。技量なのか何か分からないけれど、以前の作品との差なのかと思いました。
――「スポーツ報知」でサッカーのワールドカップについて、1ヶ月にわたってコラムを書いていただいたのですが、今作でこのコラムが何か作品に影響を与えたということはありますか。願望込みで言っているんで、なしでもいいんですけど(笑)。
万城目 ちょっと考えますんで……。ワールドカップで最初3本の約束が、なぜか7本ぐらい書かされたんですけど、ちょうどその後に『八月の御所グラウンド』を書いたので、ちょっと焦りみたいのあったんじゃないですか。サッカーの記事ばかり書きすぎてるっていう(笑)。それが(執筆への)集中に繋がったかもしれない。
――むしろ邪魔していたという感じですね(笑)。
万城目 そんなことはないですよ。でもあれでね、スポーツの、何ていうか肝みたいなのをね。集中してカタール大会全部見ましたんで、それも少しは役に立っているはずです。
――ニコニコ動画でユーザーの方の質問代わりに読ませていただきます。非日常な出来事が起きても、登場人物がそれをそっとしておいて見ないふりをするのが面白かったです。万城目さんは霊感は強い方でしょうか? 万城目さんももし日常の中でそのような非日常の空間が発生しても、登場人物たちのように見ないふりをしますでしょうか?
万城目 まず霊感は全くなくて、オカルト全般をちょっと憎むぐらい嫌いですけれども、そういうもの(非日常的なこと)を見たら、意外と見てもびっくりして言えないと思いますね。
――先ほど直木賞とはすれ違うばかりで、目と目が合うことがなかったということですが、今回ついに目が合って、万城目さんが敬愛されていて、よく読んでいた司馬遼太郎さんも直木賞(受賞者)ですが、実際目が合った直木賞ってどんな風貌をしているか? 自分のイメージと比べてどうでしたか。
万城目 例えをさらに例えるのは難しいんですけれども(笑)。それはこれからわかってくることだと思うんです。ただやっぱりどこか他人ごとのような、こうして受賞してこういうところ(記者会見の席)に座っていても、どこか他人ごとのような感覚があるので、ひょっとしたらもうそれっきりなのかもしれないです。もう目が合って、もうそれで終わったのかもしれないです。
――司馬さんのようによく読んでこられた作家も直木賞を取られてていますが、それと同じ賞を取れたことについての感慨は何かありますか。
万城目 デビューしてから僕は多分10回以上、そういう偉人といいますか、有名な作家方が冠の賞にノミネートされて今まで全部落ちてきまして、受かるということがもうないだろうっていう、何となく結果的にそういうふうにちょっといじけて思いがちだったんで、だからやっぱりもらえるというのが未だにしっくりこないというか、本当かなっていうまだそういう段階です。
次は森見さん。バトンを渡したい
――では万城目さん、質疑を受けて改めて最後に一言お願いします。
万城目 今日は本当に駄目、取れないだろうと思っていたんで「どうせ駄目ですよ」みたいな感じでいじけておりましたら、去年、忘年会でご一緒した森見登美彦さんとヨーロッパ企画の上田誠さんが、「そんなんでは駄目だ」と。「だいたい直木賞というのは祭りであって、楽しんだもん勝ちである。6度目だったらいけるやろう」とワッショイワッショイみたいな感じで、一緒に待ち会しようじゃないかっていう感じで、強引に押し切られまして。
じゃあ、綿矢りささんも誘おうかという話になりまして、今日は4人で待ち会しようというふうになりましたら、綿矢りささんが「脱出ゲームはしないでいいのか」ということを急に言ってきたもんですから、今日昼間からずっと森見さんと綿矢さんと3人で脱出ゲームをして、非常に込み入った仕掛けを解いてですね、銀行強盗を完遂するっていうのを2時間ぐらいやり、もう本当にそれで疲れ果てて3人ぐったりした後、喫茶店でUNOをやりまして。そのUNOがまたカードを切れども切れども、新たに補充されてくるっていうその地獄のようなUNOで、それをようやくやり終えたらまたこれ全員がぐったりきていました。
それで7時過ぎでしたから、結局5時間ぐらい待ってようやく一報が来まして、本当に一緒に待っていただいた綿矢さんと森見さんと上田さんには本当に感謝です。特に森見さんとは今までも、直木賞というものに対して、お互い不毛な議論を交わすことが多く(笑)、我々は正攻法ルートではなくて、不必要に面白ルートから攻めてるんじゃないかと……。未踏の安全な進み方が確保された道ではなくて、裏の誰も通っていない絶壁をあえて目指しては滑落してるんじゃないかって話をずっとしていて、なかなかこっちのルートからは登攀は難しいんじゃないか、もう二度と無理じゃないかみたいなことを、お互い話すような話さないような感じだったんで、こうして本当に取れてしまったことがびっくりして、やっぱり次は森見さんだとバトンを渡したい気持ちでございます。
2024年1月17日 東京會舘にて
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『ナースの卯月に視えるもの2』秋谷りんこ・著
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