- 2024.04.12
- インタビュー・対談
「きっと大丈夫」そんな声が聞こえる。再生をゆったりと描く傑作“桜”小説
『桜の木が見守るキャフェ』(標野 凪)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『今宵も喫茶ドードーのキッチンで。』『伝言猫がカフェにいます』などの作品が大人気の標野凪(しめのなぎ)さんが、文春文庫に初登場! 書下ろし小説『桜の木が見守るキャフェ』の舞台は、庭にヤマザクラの大きな古木が立つ〈キャフェ チェリー・ブラッサム〉。刊行を記念して、標野さんにお話を伺いました。
――現役カフェ店主でもある標野さんは、2019年に『終電前のちょいごはん 薬院文月のみかづきレシピ』でデビュー。その後『占い日本茶カフェ「迷い猫」』や「喫茶ドードー」「伝言猫」のシリーズなどを、発表されてきました。
たまたまそういう設定が続きましたが、シリーズ以外では、この『桜の木』でカフェやご飯屋さんを舞台にするのは、いったん区切りをつけようと思っています。『桜の木』は内容はもちろん、タイトル・装幀も含めて、いま自分のなかにあるものの集大成になりました。数えてみたら、ちょうど10冊目! そういう意味でも、特別な1冊になりました。
――人間関係に傷ついたり自分に自信をもてなくなった人が、偶然立寄った店で、店主からのちょっとした一言や不思議な出会いにそっと背中を押され、一歩を踏み出す……その温かくて癒される世界観が、多くの読者の支持を集めていらっしゃいますね。
これまでも、ヤギや猫が一人称で語りだすというユニークな設定がありましたが、今回はなぜ「桜」なんですか?
春に花が咲くといつも見に行く桜並木が、すぐ近所にあります。冬にそこを通りかかったとき、当然だけれども、何も咲いていない。でも、ああ、春になったら咲くんだよな、それって単純にすごいな、と思ったんです。
自分自身が年を重ね、母が高齢になったり父が亡くなったりしていく時間の流れのなかで、それまで花が咲いた桜しか見ていなかったのが、枝だけの桜に目がいくようになった。若いときの自分だったら、気づかなかったでしょうね。
花が散って夏を迎え、秋に葉が落ち、冬を越してまた春に咲く――その1年にわたる桜の物語が、“再生”という言葉と結びついて、書きたいと思ったのがきっかけです。
――確かに多くの人は、満開の時期をいまかいまかと待ちわびて、わーっとお花見を楽しみますが、それ以外の時期の桜を意識することは、特にないような気がします。
ソメイヨシノではなくヤマザクラにしたのは、紅葉が綺麗だから。花と同時に小さな赤い葉が出ているのも独特だし、花も可愛らしい。夏の間にもう次の芽がついているとか、書きながら初めて知ったことも多いです。調べれば調べるほど、奥が深くて……。
この小説を書くもっと前の話ですが、桜の寿命についてのニュースを見ることがあったんです。安全性や景観の問題はあるけれど、綺麗な花を咲かせなくなったという理由で、切られてしまう桜がある。やり方次第で、もっともっと長く生きられるはずなのに。
『桜の木』の舞台は、主人公の緋桜(ひお)が祖母・母から受け継いできた古い洋館ですが、ここに立っているのは大切に守られてきた木で、彼女たちを見つめる大きな視点も欲しかった。それで、樹齢百年のヤマザクラに語らせる設定にしました。
――どっしりと構えている語り手〈わたくし〉が、誕生したのですね。
はい、〈わたくし〉です(笑)。常々自分が信条にしていることに、生きていると嫌なこと、悲しいことももちろんあるけれど、長い目で見て幸せならいいじゃない、というものがあります。ちょっと視点を変えて大きな流れのなかで見てみると、自分が悩んできたことって実はこんなに小さいのか、と気づいたりする。
これまでも登場人物に言わせたりしてきたことなんですが、1冊でまるごと伝えたのが、この小説かなと思っています。
――店主として季節の和菓子と茶を提供する緋桜を筆頭に、長年連れ添う国際結婚の夫婦、育児と仕事の両立に奮闘する女性、自分が進むべき道に迷う中学生など、この小説には、さまざまな悩みをもつ人が登場します。
百年間、そこに立ち続けて、すべてを見守りながら寄り添ってきた桜の木だからこそ、彼らに伝えられるメッセージがあるんですね。
悩みのない人って、いないですよね。自分でカフェをやっているので、お客さんの悩みを聞くこともありますし。
今の世の中って、複雑になりすぎていて、スマホを見過ぎている自分がいやで、見なくてすむ方法をスマホで調べたり、リラックスしましょうという方法をやりすぎて、かえって疲れたりする……。自分もそうなんですが、人って、結果や成果をどうしても求めてしまう。
でも、ただやるべきことをやり、そこにいるだけでいい。ぱっと外を見たら、自然にあるべきものがそこにあって、物事ってもう少しシンプルなんじゃないかな、と感じたんです。
――ところで、標野さんの作品には、いつも美味しそうなカフェ・メニューが登場しますが、今回は季節の和菓子がたくさん出てきますね。
はい、和菓子、大好きです。この時期は緋桜のように、あちこちの桜餅を食べるのを楽しみにしています。お正月は、もっぱら花びら餅。お彼岸には、ぼたもちも食べましたね。
――自分も〈キャフェ チェリー・ブラッサム〉を訪れ、お茶とお菓子をいただきながら、窓の外をいつまでも眺めていたくなりました。〈わたくし〉に、悩みを聞いてほしい(笑)。
「満開の桜も素晴らしいけれど、散り際にも楽しみはある」――帯にある言葉ですが、この物語で自分がいちばん伝えたかったことです。
今まで書いてきた作品とはちょっと毛色が違うものになり、いきなり語りはじめたりダジャレを言う猫も登場しませんが、記念すべき10冊目。皆さんからどんな感想が届くのか、とても楽しみです。
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