- 2021.03.11
- 書評
甘さ、優しさ、楽しさ、苦さ、辛さ――人生の必須要素が煮込まれたシリーズ
文:藤田 香織 (書評家)
『草原のコック・オー・ヴァン 高原カフェ日誌II』(柴田 よしき)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
最近、なんだか「先」が見えてきたな、と思うことが増えてきた。
二〇二〇年七月末に厚生労働省が公表した「簡易生命表」によると、前年二〇一九年の日本人女性の平均寿命は八十七・四五歳。既に自分が人生の折り返し地点を過ぎ、下り坂を歩いているという自覚は、四十歳を過ぎた頃からあった。
記憶力も集中力も気力も体力も衰えたなぁ、と感じる。ドキドキしたりワクワクすることも滅多にない。これからやりたいことは特にないのに、もう二度とやらないだろうものごとは年々増えていく。スキーにスノボ、自転車のふたり乗り。飛行機に乗ることはあっても、海外旅行はどうだろう。朝まで飲み明かす? ムリムリ。都心のデパートに福袋を買いに行く? ヤダヤダ。出産もできないし、別に結婚もしたくない。恋愛と、それに付随するあれこれからも、かなり遠くなった。この先、きっと、めくるめくときめきなんて二度とないだろう。これから出会う誰かと手を繋ぐことがあるとしたら、それはもう介護される時じゃないかと本気で思う。
とはいえ、よく考えてみると、それは「折り返し」たから、ではないのかもしれない。むしろ、もうずっと前から私は事あるごとに「諦める理由」を探していた気がする。体力がない、お金がない、出会いがない、忙しいから、親が病気だから、つまり余裕がないから。でも、公言するには言い訳じみていて、だから正直、人生の復路に入って気が楽になったのだ。「いまさら」も「しょうがない」も、往路に比べてずっと口にしやすくなった。このまま緩やかに坂を下っていければそれでよし。そんなふうに思っていた。
でも、だけど。一方では「本当に?」と自分の気持ちを疑ってもいるのだ。手を出す前から諦めて、ただただ惰性で生きていっても楽しいか? 興味はないの? 関心はないの? やりたいことは本当にないの? と。そうなんだよ、そうなんだ。それでもなかなか思い切れなくて、今日もダラダラと坂を下ってしまう。
この道が、あとどれくらい続いているのかも分からないのに。
本書『草原のコック・オー・ヴァン 高原カフェ日誌(ダイアリー)II』は、「人生」という道半ばで悩める人々を描いた物語である。
主人公の奈穂が暮らしているのは、バブル時代の最盛期には七十軒以上のペンションやタレントショップが乱立し、栄華を極めた信州の百合が原高原。しかし、現在ペンションはわずか数軒にまで減り、冬の間は雪も多く、わずかに残った店舗もほとんどが冬季は休業してしまう。そんな村で、東京から移住してきた奈穂は、廃業したペンションを購入&改装し、約一年半前「カフェSon de vent(ソン・デュ・ヴァン)」を開店した。
東京で、大手出版社の女性誌副編集長をしていた奈穂が、なぜ急に自分の店を開くに至ったのか。どうして、およそカフェを新規オープンさせるには相応しいと思えない百合が原高原を選んだのか。元夫との結婚生活や離婚に至るまでの経緯は、『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌(ダイアリー)』(文藝春秋→文春文庫)に詳しい。「ベーコンサンドの田中さん」と奈穂の出会いから、その正体が判明し、過去が明らかになるまでの過程などもじっくり描かれている。本書の位置づけとしては、その続篇となるのだけれど、作者はシリーズものを書き慣れている柴田よしきさん。前作を読んでいなければ理解できないかもしれぬ、という心配は御無用。他のシリーズも含めて、いつ、どこから踏み込んでも、その物語の世界を楽しめる配慮は十分だ。