〈「自分では当たり前と思っていることに才能は隠されている」作家デビュー20周年・真山仁が語る作家としての原点とは〉から続く
「成功は、挑戦と失敗の繰り返しの先にある」と語る真山仁さん。累計270万部を超える『ハゲタカ』シリーズをはじめ、小説を通して日本社会が抱える課題を描いてきた。MCを務める経済番組「ブレイクスルー 不屈なる開拓者」(テレビ東京系、毎週土曜午前10時30分~)では、自ら現場を訪れ、未来を見据えて研究や開発を進める挑戦者たちを取材し、エールを送っている。そんな真山さんが自身の体験をもとに、不本意な仕事や異動を命じられたときの対処法を語る。
「小説家になるために興味のないことを書く訓練だ」
この春、自分の意に沿わない仕事に就かざるを得ない人もたくさんいると思います。しかし、自分が置かれた状況を否定するだけでは何も始まりません。
私は小説家としてデビューする前、10年くらい広告やプロモーションのライターをやっていました。依頼のほとんどは音楽や映画などのエンタメ系で、時に自身では理解できないアーティストの取材もありました。正直、取材したくないと思う場合もあった。当時人気絶頂だったバンドでさえも、私の心を掻き立てるものではなかった。
それでも、熱心に取材に臨みました。
それは「小説家になるために興味のないことを書く訓練だ」と考えていたからです。
プロモーションの依頼が来るということは、すでにある程度人気があり、さらにもう一押ししたいからです。私個人は好きではなくても、この音楽を聞きたい、この映画を見たいという人がいる。そういう自分とは全く違う価値観の人たちに届くものを書ければ、小説を書くときにも意に沿わない登場人物をリアルに描けると思ったんです。
取材相手には傲慢な人や、思い描いていた印象と違う人もいる。この人の作品がなぜ人々を惹きつけるのかを考えながら取材しました。さらに、こういう言動が人気を呼ぶのか、このタイプの人物は敵対するだろう……そうやって、多くの“人物”像を掘り下げる経験を積む中で、『ハゲタカ』シリーズ(講談社文庫)のファンドマネージャーの鷲津政彦や、『売国』(文春文庫)などでおなじみの検事・冨永真一のキャラクターをつくっていきました。
置かれたポジションを楽しむ
高校生の頃には「小説家になりたい」という気持ちが強まり、そのための修業として、大学卒業後、新聞記者になりました。2年半の記者生活で分かりやすい文章を書く訓練ができました。
そして、ライター時代の広告原稿では小説のキャラクター作りを学びました。
どんなときでも自分の置かれたポジションをいかに楽しむかを大事にしてきました。とはいえ、ただ受け身で楽しめばいいというわけではなく、自分の価値観や目標など軸が必要です。軸があれば、「こうしたことをやりたい」というポジティブな視点に加えて、そこから離れた客観的な視点も持つことができる。視点が2つになると、違和感を抱きやすくなります。「ちょっと待てよ」「何かがおかしい」というふうに違和感を抱いたら、面倒がらずに、情報を精査する。それを繰り返すことで見識が磨かれていきます。そのプロセスについては、『疑う力』(文春新書)で詳しく書きました。
何が正しいのかは行動してみないと分からない
ただ、違和感を覚えても、伝え方には気をつけましょう。“正しさ”は人の数だけあります。しかし、日本ではいったん認められた“正しさ”に対して「それはおかしいんじゃないか」「いつまでそんなことをやっているのか」という意見を同調圧力によって封じ込めがちです。「疑う力」をストレートに発揮したら干されてしまった――そんなことも起こり得ます。子供なら許されますが、大人は思ったことをそのまま口にしないほうがいい。
大人の社会では、いきなり「それ、おかしいですよ」と言うのではなく、「落としどころ」を考えてから話すことが重要です。
たとえば、「このままでは大変な事態を引き起こすリスクがあると思うのですが」と断ってから話す。話さえ聞いてもらえれば、相手も対処法を考えるでしょうし、「そうか。それなら、君がなんとかしてくれ」と言ってもらえるかもしれない。何が正しいのかは行動してみないと分かりません。
また、失敗した途端に「こうなると思っていたんだよね」と言ったり、一つ失敗すると、全部失敗だと決めつけたりする傾向もあります。これでは、誰も挑戦しなくなる。成功のためには挑戦が必要で、挑戦して失敗するのは当然。成功とは、挑戦と失敗の繰り返しの先にあるものです。
何度失敗したとしても、チャレンジをあきらめない姿勢が尊い。動く前に結果を恐れて動けなくなるのが、いちばんもったいないと思います。
売国
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