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中国の不動産バブルはなぜ崩壊したのか? 専門家が指摘する「2つのきっかけ」

中国の不動産バブルはなぜ崩壊したのか? 専門家が指摘する「2つのきっかけ」

柯 隆

『中国不動産バブル』 #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 14億人の人口を有し、土地資源が極端に不足している中国では「不動産神話が崩れることは絶対にない」と信じられてきた。ところがいま、不動産バブルが崩壊しつつあるという。

 ここでは、中国経済の専門家・柯隆(かりゅう)氏による新刊『中国不動産バブル』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。バブル崩壊を引き起こした“2つのきっかけ”とは?(全2回の1回目/続きを読む)

◆◆◆

 中国の不動産市場がバブルになっていると言われて久しいが、不動産市場は崩壊する気配を見せず、中国経済も成長を続け、不動産バブルを指摘する者はまるでオオカミ少年のように思われていた。だが現状を見ると、中国は1人当たりGDPが1万2000ドル程度の国にもかかわらず、国内の不動産価格はニューヨークやロンドン、パリ、東京の相場を凌駕している。これは明らかにバブルになっていると言えるだろう。

 世の中に崩壊しないバブルは存在しない。2021年、中国大手不動産デベロッパー・恒大集団(エバーグランデ)は初のデフォルト(債務不履行)に陥った。これは中国不動産バブル崩壊の幕開けを意味する出来事である。2023年6月時点での恒大集団の負債総額は2兆3882億元(約48兆円)に上り、6442億元(約13兆円)の債務超過となっていた。売れ残りの不動産は1兆860億元(約22兆円)だった。この金額から問題の深刻さが分かる。同年8月、恒大集団はニューヨークの連邦破産裁判所に米国連邦破産法第15条の適用を申請した。

©CFoto/時事通信フォト

業界で囁かれていた、恒大集団の“噂”

 恒大集団のサクセスストーリーは中国の不動産神話そのものだった。不動産業はスケールメリットの大きい産業である。規模が拡大すれば拡大するほど、固定費の割合が低下し、そのぶん利益が拡大する。この点を、恒大集団の創業者である許家印はよく理解していたのだろう。恒大集団はあまりにも大きな成功を収めたため、許家印は政治協商会議の委員にまで選ばれた。日本に置き換えると、国会議員になった以上の重要な意味を持つ。この出来事は許家印と政府の「関係」(コネクション)の親密さを示すものであり、同社にとって土地入札を邪魔する者をすべて排除できる担保となった。

 そんな恒大集団がなぜデフォルトに陥ったのか。実は以前から業界では、同社のキャッシュフローに問題があるとの噂があった。不動産だけでなく、不動産とはシナジー効果のない他業種にも手を広げ過ぎたのである。たとえば、プロサッカーチームを買ったり、電気自動車(EV)の開発・製造を始めたり、テーマパークを建設したり、等々。不動産市況が下火になるにつれ、恒大集団にとってこれらの副業は重荷になった。

 その後、恒大集団は資産の一部を売却し、許家印が個人で所有する不動産や自家用ジェットも売却された。その売却代金を以て負債の返済に引き当てたが、焼け石に水だった。現在、許家印の身柄は警察によって拘束されている。

『中国不動産バブル』(柯隆 著、文春新書)

不動産バブル崩壊「2つのきっかけ」 

 デフォルトに陥ったのは恒大集団だけではない。2023年10月、業界最大手の碧桂園(カントリーガーデン)が、1500万ドルのオフショア債の利払いを延滞したことが判明した。同社は同年12月、同じ不動産大手デベロッパー大連万達集団(ワンダ・グループ)の系列企業の株を30億7000万元(約620億円)で売却したが、資金繰りが悪化したからだとみられる。碧桂園は恒大集団とは違い、副業にほとんど手を出していない。それでもデフォルトに陥ったというのは、中国の不動産業界全体が地盤沈下していることを意味している。

 中国は14億人の人口を有し、土地資源が極端に不足している。需要と供給を考えれば、不動産神話が崩れることは絶対にないと信じられてきた。しかし、現実問題として、主要大都市の不動産価格は大きく下落してきている。開発途上の不動産プロジェクトがストップし、ゴーストタウンと化す案件が増えている。さらに2024年1月、不動産案件に投資するシャドーバンキング大手投資会社・中植企業集団が破産を申請した。同社の資産総額はピーク時には1400億ドル(約20兆2600億円)に達していたが、破産を申請したときに受けた監査によれば、負債総額が4600億元(約9兆3100億円)なのに対して、資産は2000億元だったとされている。

 これらの現象を見れば、中国の不動産バブルは明らかに崩壊したと言っていいだろう。

 崩壊のきっかけは2つあった。1つは習主席が「家は住むためのものであり、投機の対象ではない」と呼び掛けたことだった。これを受けて、人民銀行は住宅ローンに対する規制を強化した。もう1つはコロナ禍だ。3年間続いたゼロコロナ政策のために、たくさんの中小零細企業が倒産し、若者の失業率は大きく上昇した。その結果、一般家計は生活防衛に走って消費を控えるようになり、不動産需要が落ち込むこととなった。一方、富裕層と中所得層は海外に移住しようと手持ちの不動産物件を売りに出し、不動産市場は供給過剰になったのだ。

工事がほぼ進んでいないマンションの建設現場(中国四川省資陽市) ©時事通信社

中国人の「土地」に対する特別な思い

 もともと、中国人は土地に対して特別な思いを持っている。

 少し前のことだが、ある中国人女性が沖縄の無人島を買ったと報道され、日本中が大騒ぎになった。この女性が中国政府のスパイで、無人島が中国人民解放軍の軍事基地にされてしまうのではないかと心配した人もいたようだった。また、以前から一部の評論家が、外国人による日本の土地や不動産の購入を規制すべきとテレビなどで主張しており、この議論にも火が付くこととなった。

 無人島を買った中国人女性については今のところ、中国政府のスパイである証拠は出てきていない。本人もここまでの騒ぎになって驚いたはずだ。

 この一件は、土地に対する日本人と中国人の認識の違いがよく表れている。実は中国人は地球上に自分の土地を持つことに、日本人が想像する以上に感動を覚えるものなのだ。自分の土地とは、誰にも侵害されない私有財産を意味する。日本ではごく当たり前のことだが、中国ではそれが許されない。土地はすべて国のものであるからだ。マイホームを買っても土地の所有権がないので、道路を敷くなどの必要が出てきたら、政府が強制的に民家を取り壊すことができる。自分の財産が法的に守られていないため、最低限の安心すら得られない。だからこそ中国人富裕層は海外に移住して、まずはマイホームを買いたいと考える。多くの中国人は土地の権利書(登記簿謄本)を手に入れた瞬間、なんともいえない感動を覚えるという。

 中国ではかつて、農民にとっての土地(農地)は自分のルーツであるとよくいわれていた。だが、土地の所有を禁じる社会主義体制の今は、都市部の住民も地方の農民も、自分の土地を所有することができない。今の中国人は自分が浮草のような存在と感じているだろう。

 さらに、コロナ禍で中国は無法地帯と化した。中国政府は2020年から3年間にわたり、厳しい隔離措置を軸とするゼロコロナ政策を実施。一部の地域では白い防護服を着た役人とみられる連中が勝手に民家に侵入し、ベッドの上にまで消毒液を撒き、犬や猫などのペットを殺処分した。中国の民法で保障されている最低限の私有財産権が侵害されただけでなく、憲法で保障されている人権もとことんまで踏みにじられた。中国では「正しいこと」をするためなら、法的根拠など必要がないという風潮がある。ここでいう「正しいこと」とは、政府共産党による指示である。

それでもマイホーム購入に執着するわけ

 ここまでの仕打ちにもかかわらず、中国人は賃貸で家を借りるよりも、マイホームを購入することに執着する。そのため中国の不動産市場は、取引の量では飛躍的に拡大しているが、構造的に著しく歪んでいる。

 なぜ中国人はマイホームにこだわるのか。それには2つの理由がある。1つは賃貸で家を借りた場合、せっせと家賃を払っても、退去時に自分の手元に1人民元の財産も残らないということだ。中国人の価値観からすると、なんとなく損したような気分になる。要するにマイホーム購入は、住むための手段を確保するというよりも、財産を蓄えるためという側面が大きいのだ。もう1つは、信用の問題だ。賃借契約が成立するための条件は、貸すほうと借りるほうの両方が、きちんと契約を履行することである。しかし中国社会では、契約をきちんと履行すべきという文化は十分に定着していない。トラブルを回避するためにも、マイホームを購入したほうがいいと考えられているわけだ。

ロレックスの腕時計が原因で“追放処分”に…不動産バブルによって進行した「中国社会の腐敗ぶり」〉へ続く

文春新書
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柯隆

定価:1,100円(税込)発売日:2024年04月19日

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発売日:2024年04月19日

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