- 2024.05.02
- 読書オンライン
紫式部と藤原道長は本当に恋人? 平安貴族は日頃から殴り合っていた?ーー大河ドラマ『光る君へ』がもっと面白くなる5作品
「本の話」編集部
「本の話」ブックガイド
出典 : #文春オンライン
千年の時を超えて読み継がれる『源氏物語』を書いた紫式部。その波乱に満ちた人生を描く大河ドラマ『光る君へ』が好調だ。平安時代後期の摂関政治最盛期を舞台に、まひろ=のちの紫式部(吉高由里子、以下カッコ内は役を演じる俳優名)と栄華を極めた藤原道長(柄本佑)の特別な関係を軸に動いていくストーリーは、貴族たちの権力争いと男女関係の綾が複雑に絡み合い、実に魅力的。
今回は、この『光る君へ』をもっと楽しむためのおすすめ本を「本の話」編集部が5作ピックアップ。新書、小説、発掘本と多彩なラインナップが揃った。
1 『紫式部と男たち』木村朗子(文春新書)
津田塾大学教授である著者は、平安時代に女性が書いた宮廷物語を通して当時の社会を読み解く研究者。本書は『源氏物語」はもちろん、『紫式部日記』や『和泉式部日記、』女性の描く宮廷物語の嚆矢となった藤原道綱母(財前直見)の『蜻蛉日記』などを参照し、〈権力とセクシュアリティ〉の観点から、権力の在り方と当時を生きた女性たちの実情に迫っている。
日記に収められた折々の和歌を引用しながら、男たちの政治のかたちを浮き彫りにしていくという、読んでいて楽しい構成だ。
摂関政治とは性を治める「性治」である
もともと平安時代の宮廷は、菅原道真がそうであったように、漢籍に詳しい学者筋の貴族たちが天皇の補佐役・相談役を務めることで政治を動かしていく構造だった。それが藤原家によって別の形に変容していった、という歴史がある。
「藤原氏はもっぱら天皇家と姻戚関係を結ぶことでのし上がってきたのである」
「藤原氏の政権とは学問の叡智に頼らず、性愛によって天皇をとりこめていく政治体制であり、それがとりもなおさず摂関政治の内実なのである」(同書より)
そこには、天皇や貴族たちが一夫多妻婚をしていたことが大きな意味を持ってくる。秘めたラブストーリーとドロドロの権力争いが見どころの『光る君へ』のストーリーをより深く理解するために必要な、平安貴族社会の仕組み、また当時を生きた貴族たちや女性の心持ちを理解するにはうってつけの一冊となっている。
2 増補版『藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代』倉本一宏(文春新書)
『源氏物語』は世界でも「世界で最も早く書かれた本格小説作品」として広く知られているが、実は道長が書いた日記『御堂関白記』も世界的に評価が高く、2013年にはユネスコの記憶遺産に登録されている。イギリスの「マグナ・カルタ(大憲章)」やベートーヴェンの『第九』、アンネ・フランクの『アンネの日記』と同様に、道長の日記も、世界が記憶すべき貴重な文化遺産、と位置づけられているのだ。
本書はこの『御堂関白記』と、道長の側近として長く仕えた藤原行成(渡辺大知)の『権記』、そして藤原実資(秋山竜次)の『小右記』という、当時の男性貴族が書き残した日記をもとに、平安時代と藤原道長の栄達の道のりをわかりやすく、詳しく紹介している。
著者は『光る君へ』の時代考証を担当
これまで放送された『光る君へ』のストーリーを振り返ってもわかるように、道長ははじめから貴族社会の主役ではなかった。父・藤原兼家(段田安則)は摂政としてこの世の春を謳歌したが、道長には藤原道隆(井浦新)、藤原道兼(玉置玲央)と2人の兄がいて、政治トップの座につく可能性は限りなく低かった。それが新天皇即位などがきっかけとなり、姉・詮子(吉田羊)の後ろ盾もあって権力構造のピラミッドを駆け上がっていく。道隆や道隆の子息でライバルとなる藤原伊周(三浦翔平)や一条天皇(塩野瑛久)の後宮に入内した道隆の娘・定子(高畑充希)との関わりなど、これからのドラマの見どころとなる部分について、知っておくとよりドラマを楽しめる史実が記されている。
著者・倉本一宏さんは『光る君へ』の時代考証を1人で担当し(通常は3人ほどが担当することが多い)、大石静さんのドラマティックな脚本を史実の面からしっかりと支えている。本書はもともと2013年に刊行されたものだが、今回の大河ドラマを機に、補章「紫式部と『源氏物語』」を書き加えた完全版となっている。
なお、上記の新書2冊はそれぞれに、藤原道長と紫式部がいったいどんな関係にあったのか、光源氏のモデル論争と合わせて考察を加えている。研究者の中でも意見はさまざまなので、2冊を読み比べてみるのもオススメだ。
3 『殴り合う貴族たち』繁田信一(文春学藝ライブラリー)
今回のドラマで意外と目につくのは、貴族たちの暴力シーン。貴族が突然女性を刺殺したり、従者たちが庶民に対して粗暴なふるまいをしたり、屋敷内で貴族同士の取っ組み合いの喧嘩をしていたり……。
これらはドラマならではの脚色という側面もあるにはあるが、実際当時の書物をひもとくと、当時の貴族たちはたいそう乱暴だったことがわかってくる。
本書は実資の『小右記』などの記載をもとに、素行の悪い貴族たちの行状を紹介しながら、平安貴族の雅だけではない「実像」に迫った一冊だ。
藤原伊周、花山法皇に向かって矢を射かける
たとえば、ドラマ第15話では道隆の息子伊周と道長の「弓争い」のシーンがあったが、伊周と隆家(竜星涼)の兄弟一行はのちに、花山法皇(本郷奏多)に向かって矢を射かけるという不祥事を起こしている。また、その愚行がもとで従者たちの乱闘となり、法皇の童子2️人が殺され、生首が持ち去られるという蛮行まで引き起こすのだ。そしてこの出来事(長徳の変)は、伊周と道長の権力争いに決定的な影響を及ぼすことになる。
その他、目次をひもとくと……
中関白藤原道隆の孫、宮中で蔵人と取っ組み合う
粟田関白藤原道兼の子息、従者を殴り殺す
宇治関白藤原頼通、桜の木をめぐって逆恨みで虐待する
法興院摂政藤原兼家の嫡流、平安京を破壊する
式部卿宮敦明親王、拉致した受領に暴行を加える
などなど、平安貴族の乱暴狼藉エピソードが多数紹介され、巻末にはなんと「王朝暴力事件年表」が収録されている。
4 『月ぞ流るる』澤田瞳子(文藝春秋)
ドラマを見て、平安時代の華やかな宮廷社会や、貴族たちの、現代を生きる人々以上に過酷な出世競争に興味を覚えた方には、ぜひそれらを堪能できる小説作品に手をのばしてみてはいかがだろうか。
もちろん田辺聖子さんや角田光代さんをはじめ名だたる作家が手掛けた『源氏物語』の現代語訳もオススメなのだが、ここでは直木賞作家・澤田瞳子さんが昨年刊行した、平安時代を舞台にした長編小説『月ぞ流るる』を。
鳳稀かなめ演じる倫子の教育係・赤染衛門が主人公
物語の前半、まひろは土御門殿に出向き、のちに道長の妻となる倫子(黒木華)の教育を兼ねたサロンに参加することで高級貴族の暮らしぶりや考え方に触れていたのだが、このサロンの教師役が、倫子の女房(女官)赤染衛門(鳳稀かなめ)。『月ぞ流るる』は、五十代なかばとなったこの赤染衛門が主人公の長編小説だ。ある毒殺事件の真相を追いかけるミステリー的な展開もありつつも、道長と三条天皇の権力闘争や女性たちの悲哀が、赤染衛門が『栄花物語』を書くに至る道のりと共に鮮やかに描かれる。
物語と歴史は一体相容れるものなのか?
人は歌に何を託すのか?
そして人はなぜ、物語を書くのか?
「平安時代のキャリアウーマン」たる女性たちの活躍が魅力の本作。平安期に書かれた作品のように、折々の心情が和歌で表現されているのも読みどころ。また、少々口うるさい高齢となった紫式部も登場するくだりにも注目だ。
5 『陰陽師』シリーズ 夢枕獏
物語の前半、天皇と摂関家との間の血なまぐさい政争の中で、何度となく登場し、いかにも怪しい動きをしているのが陰陽師の安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)。『大鏡』『御堂関白記』『小右記』をはじめ、当時の歴史書にも頻繁に「◯◯が✕✕を呪詛した」と記されているように、平安の世では「呪い」「呪われ」が横行し、天変地異も含めた凶事の原因を死霊や生霊、鬼などに求めることが多かった。
『光る君へ』でも、のちに道長の妻となる源明子(瀧内公美)が父の仇である兼家を呪詛するある種異様なシーンを憶えている方も多いだろう。占術と合わせ、そういった「呪い」を祓う役割を果たしていたのが陰陽師で、安倍晴明は天皇を含む権力中枢からの信頼が篤い陰陽師だった。
シリーズ18巻、平安時代に浸れる人気シリーズ
陰陽師や安倍晴明をモチーフにした創作は、小説からコミック、はたまたゲームまでさまざまあるが、せっかくなので本家本元・累計700万部の夢枕獏さんの伝奇ロマン「陰陽師」シリーズを手にとってみてはいかがだろうか。
『光る君へ』が描く時代よりも少し前が舞台で、安倍晴明と源博雅がバディを組んでさまざまな怪異に立ち向かう。作者の夢枕さんにとって「陰陽師」は「ずっと以前から、書きたくて書きたくてかまらなかったのが、平安時代の話であり、安倍晴明だった」(『陰陽師』あとがきより)という念願のシリーズ。人の心に潜む闇や鬼、怨みがテーマだが、読み味は軽やかで、晴明と博雅の友情あふれるやりとりが実に心地よい。最新刊の『陰陽師 烏天狗の巻』はなんとシリーズ18巻目。ハマってしまうとしばらく、この魅力的な陰陽師ワールドを離れられなくなるはずだ。
奇しくもこの4月には、映画『陰陽師0』も公開。青年期の安倍晴明を演じるのは山﨑賢人、源博雅役は染谷将太。大河ドラマとは異なる晴明の活躍に出会える。映画のノベライズ版も刊行されているので、そちらを手に取っていただくのもオススメだ。
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