本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
「半年を過ぎても見つからない」不倫相手に殺された女子大生の死体の行方は…

「半年を過ぎても見つからない」不倫相手に殺された女子大生の死体の行方は…

上野 正彦

『死体は語る』 #3

出典 : #文春オンライン

あごが欠け、局部がえぐられた死体……その道30年のベテラン監察医が見つけ出した「意外な犯人」〉から続く

 偽装殺人、他殺を装った自殺……。どんなに誤魔化そうとしても、もの言わぬ死体は、背後に潜む人間の憎しみや苦悩を雄弁に語りだす。

 死体を扱って約30年の元監察医・上野正彦氏が綴る大ベストセラー『死体は語る』(文春文庫)を一部抜粋して紹介する。(全4回の3回目/続きを読む

◆◆◆

 1月中旬ともなれば寒さは一段と厳しい。温暖な季節よりも、寒い季節の方がはるかに変死の数は多くなる。とくに高齢者の突然死が増えるからである。

 監察医の仕事は盆も正月もない。連休で病院や開業医が休診のときなどは、診てもらう医者がいないので変死扱いになるケースが多く、ことのほか忙しい。

 そんなある日、私は警視庁捜査一課の刑事さん二人の訪問を受けた。警察官の検視に医学的知識で協力するのが監察医の役割でもあるから、検死の現場では、当然法医学的な質問を受けることになる。時には北海道や九州などからも、警察電話で質問を受けることがある。眼瞼(がんけん)結膜下に溢血点があっても病死でよいか、病死とすれば死因は何が考えられるか、など高度な質問が多い。

©AFLO

 それも、そのはずである。変死体に直面して、これをどう判断すべきか。判断いかんによっては単なる病死か、あるいは殺人事件にもなりかねないからである。岐路に立たされた責任ある警察幹部検視官の苦悩が電話越しに伝わってくる。

 しかし、今日の質問は違っていた。二人の刑事は真黒に日焼けしていた。

助教授に殺された女子大生の遺体が見つからない

「実は、女子大生殺しの担当の者です」

「八王子の別荘周辺に死体を埋めたとの判断で、そのあたりを掘り返しているのですが、半年を過ぎても、遺体は見つからないのです」

 とくに、12月に入ってからは冷え込みが厳しく、関東ローム層が20~30センチにわたって凍りつき、とても掘るどころではないというのである。両手をひろげて、豆だらけのぶ厚い手のひらを見せてくれた。 

 事件というのは、ある大学の大学院の女子学生が妻子ある助教授と恋仲になった。妻子と別れて結婚するとの約束になっていた。しかし、実現はしなかった。 男にとって、妻子と別れるということは、そう簡単なことではない。肉体関係を続けるための口実にすぎないとみるべき場合が多いものだ。話はもつれ、彼女は必死に妻の座を要求した。要求すればするほど、男にとっては女の存在はうっとうしくなる。

 その年の夏休みに入って間もない7月のなかごろから、彼女は行方不明となった。実家には「2週間ほど旅行に出ます」との自筆の手紙が届いていた。しかし、このとき彼女は殺されていたのである。

 助教授はいろいろなアリバイエ作を行っていた。その反面、大学の親しい友人に、大変な方法でケリをつけたことを告白していた。良心の呵責にさいなまれ、強度の精神不安に襲われていた。

犯人は一家心中していた

 夏休みが終わって、新学期が始まろうとしていた9月の上旬、伊豆半島の石廊崎で助教授一家4人の心中死体が発見された。

 女子大生殺人事件は、皮肉にも助教授一家の心中が報道され、その動機を取材中に、恋のもつれから助教授が教え子を殺したことがわかったのである。つまり事件がすべて終結した時点で発覚し、捜査が開始されたのである。

 しかし、関係者が語っているように、果たして女子大生は本当に殺されているのか否か、定かではない。遺体は発見されないままである。

©AFLO

 大学という環境、そして助教授と女子学生の愛憎、殺人、一家心中と舞台背景にこと欠かない。ショッキングな内容であったから、世間の関心はとくに大きく、マスコミの格好のえじきになって、こと細かく報道され続けた。しかも、彼女は2ヵ月も前に殺されているというのである。

 警視庁は捜査本部を設けて、遺体発見に乗り出した。犯人が逃亡中の事件と違うので、捜査員の数は少ない。殺して埋めたら発見できないのかと、警察も言われたくないのだろう。刑事の気迫というか、執念がその手のひらに感じられた。

 半年間、遺体の捜査をしてきたがまだ見つからない。別荘周辺を掘り尽くした苦労と、焦りがあった。しかも、発掘捜査も地面が氷結したため、春まで延期せざるを得なくなった刑事さんたちは、やむなく小休止し、春からの捜査方法を検討中であった。

 遺体発見に何かよい方法はないか、というのが私を訪ねた理由であった。検死や解剖についての質問であればともかく、監察医に地下に埋められた死体の発見方法を聞きにきたのである。

 私は以前、腐敗の研究をしたことがあったが、一瞬これは難しいと感じた。しかし、口には出さなかった。逆に、私は全く別の話を始めてしまったのである。

「別荘の周りには、遺体はないと思うのだが……」

 突然の言葉に刑事さんは、戸惑いと反発を覚えたに違いない。自信をもって捜査を続けてきた二人にとっては、当然のことであろう。

「一生懸命発掘しているお二人を前に、無責任な発言でお叱りを受けるかも知れないが、参考までに聞いてください。私は水の中、湖底だろうと思っているのです」

「え! 湖ですか」

「そうです」

「警察犬も役に立たない」監察医が考える、死体が見つかりにくい“隠し場所”〉へ続く

文春文庫
死体は語る
上野正彦

定価:726円(税込)発売日:2001年10月10日

プレゼント
  • 『俺たちの箱根駅伝 上』池井戸潤・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/30~2024/5/7
    賞品 『俺たちの箱根駅伝 上』池井戸潤・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

提携メディア

ページの先頭へ戻る