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不登校だった主人公の進学先は通信制高校。『万葉と沙羅』著者・中江有里さんインタビュー

不登校だった主人公の進学先は通信制高校。『万葉と沙羅』著者・中江有里さんインタビュー

「文春文庫」編集部

青春小説『万葉と沙羅』文庫刊行記念 #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説

 中学で友人関係に苦しみ、学校に行けない時期があった主人公・沙羅が進学先として選んだのは通信制高校。そこで思いがけず、幼なじみの万葉と再会。古本屋でバイトする本好きの彼に影響されて、読書が苦手だった沙羅も本を手にとるようになり――。今月、この二人の高校生をめぐる瑞々しい青春小説『万葉(まんよう)と沙羅(さら)』 の文庫刊行を記念して、書評家、作家、俳優、歌手として多彩に活躍している著者の中江有里さんにお話を伺いました。(全3回の1回目)

5月新刊文庫『万葉と沙羅』。
本書に共鳴した若松英輔さんが解説を寄稿している。

◆◆◆

4つの高校に通った、激動の高校時代

 もともと、この本を書くきっかけは、高校生直木賞を運営しているオール讀物編集部から、「高校生向けの青春小説を書いてもらえないか」というオファーを頂いたのが最初です。

 私自身が5年かかって4つの高校に通って卒業したという経験があったので、そのことはいつか書きたいな、とちょうど思っていたんです。4つの高校に行くっていうことは滅多にないことだと思うから。

 私は大阪市出身で、小学校も中学も大阪です。一人でいることが好きなタイプだったので、学校の集団生活になじむのに苦労しました。中学校は学校が荒れていたこともあって、大変な思いもしたのですが、なんとか乗り越えて高校へ進学しました。

 高校1年生の1学期に大阪の私立の女子校に通い、そこから芸能界に入るために東京に越して、2学期は公立の夜間の定時制へ。3学期は定時制高校の午前部へと1学期ごとに転校を繰り返しました。そして最終的に、この小説の舞台のモデルになった都立の通信制高校に入りました。

 2校目の公立の夜間高校に通ったときは、生活のリズムが崩れてしまい、朝起きられなくなりました。クラスメートに遊びに誘われることがありましたが、授業が終わった夜9時以降なので断っていたら、そのうち付き合いが悪い、と無視されるようになって。

 1限目と2限目の間の給食(夕食)の時間、無視をするクラスメートがいた6人掛けのテーブルしか空いていなかったのでそこに座ったら、クラスメートに言われたんです。「私たちのこと、友だちと思っているわけ?」鼻で笑われました。それまで私は一人で平気だと思っていたし、そもそも無視されているわけだから、その子たちの事を友だちとは思っていないけれども、わざわざ相手が悪意を向けてきたことに対して、ああもうここには居たくないなあと。みだれた生活サイクルを立て直したくて、昼間の学校への転校を考えました。 

 結構競争率は高かったのですが、3校目の試験をパスして転入できたときは、初めての映画とドラマの撮影が重なった時期で、ぎりぎり進級できるような出席状況でした。その学校は留年ができないシステムで、「規定欠席日数を超えて休んだら、退学ですよ」と入ったときに念を押されたほど、忙しかった。それでもなんとか通っていたのですが、高校3年のとき、映画の長期地方ロケで登校できなくなってしまい、気が付いたら学校に自分の籍がなかったんです……。出席日数についてきちんと把握できてなかったんですね、仕事に気をとられてた私の落ち度です。

写真・杉山秀樹(文藝春秋写真部)

通信制高校を選んだ決め手

 3校目では新しい友人たちとも良好な関係で学校生活も楽しかったので、無念な想いで図書室の片隅で退学届を泣く泣く書いたことを覚えています。職員室へ届を出しに行ったときに、「もしあなたが新しい学校に行きたいと思うんだったら、こういう手があるよ」って教えてくれたのが、通信制高校です。当時、通信制はすごく少なかったこともあり、初めてその存在を知りました。

 色々調べたら、最終的に通うことになる東京都立新宿山吹高等学校の通信制が、自分には一番合いそうな気がしたんですよね。理由は、まず、自宅から近くてアクセスが良い(笑)。アクセスって結構大事ですね。そして、それまでの高校生活で頑張って取得した単位を継続して生かせるというシステムがとても良いと思いました。単位数を計算したら、最短2年で卒業できるということが分かったんです。自分で授業を選び大学みたいにカリキュラムを作る、というのも斬新で面白いなと感じました。

 この小説にも出てきますが、1週間に1日、土曜日しか授業がない。月曜から金曜までは自主勉強。試験をふくめて登校日も日程が決まっていて、何日間は出なきゃいけないという決まりはあるんですけれども、それだけ出れば、あとは自分でレポートを出すというシステム。これだったら、仕事をしながら通うのが前提の私にも続けられるなと。

 この高校で出会った今でも仲良くしている友人は、その前の学校が合わなくて転校した、と言っていました。結構そういう子、多かったですね。働いている子や年齢も離れているサラリーマンみたいな人もいたし、まぁいろいろな人が当時はいましたよ。

写真・杉山秀樹(文藝春秋写真部)

ひとりでランチをしていたとき、Yちゃんから掛けられた言葉

 通信制での友だち関係はどうだったかというと、べたべたした感じが最初っからないんです。私は一人でいるのが好きなタイプだったから、その距離感が楽でした。全日制だと毎日会うから、それはそれで楽しいんだけれども、たとえば「明日何時に学校来る?」ってスケジュールを確認し合うことも結構出てくるし、その事が私にはちょっとストレスで。そういうやりとりが通信制では一切なくて、当時は今みたいに携帯電話もない時代だから、そもそも簡単に連絡もできないんですけど、学校で会ったら、「ねぇお昼一緒に食べる?」と声をかけ合って、「また来週、会えたら会おうねぇ~」みたいな感じで、心地良い距離感で付き合ってました。

 だけど、それが他人行儀かっていうとそんなことはなくて、困っているときはみんな助けてくれました。提出すべきレポートがどうしても出来なくて困り果て、偶然会った友だちに話したら、「早く言いなよ~、資料はこれ見てやったらいいよ!」と言ってくれて。そんな時はめちゃくちゃ助かったし、それがなかったら卒業できてなかったと思います(笑)。   

 普段密にやりとりしてないけど、みんなどこかで助け合わなきゃという共通意識はありました。私も困っている人がいたら助けてあげようと思っていましたし。

 基本的に独り、独学。自分が卒業するために逆算して何の授業をとらなければいけないのか、というところから始める。だからお互いの孤独を慮るのかも。相手を尊重しつつ、自分のペースを大事にしながらコミュニケーションができる。通信制の友だちとの関係は、これまでの学校にはなかったものでした。 

 ―(略)―全日制高校が合わなくて途中編入した彼女は、ひとりでランチしているわたしに声をかけてきた。

「一緒に食べようよ」

 ひとりでも平気だったはずだった。それなのにYちゃんの誘いに涙が出そうになった。

 ずっとさみしかった、と気が付いた。

 (「文庫版特別エッセイ」より抜粋)

 これは実際にあった話です。一人きりで東京に出てきて転校を繰り返して、大人の中で仕事をしていたから、自分は強いんだ、と勝手にずっと思い込んでいたんです。なのに、「一緒に食べよう」と言われたら、ものすごく嬉しくてドワーーッと泣きそうになった。このときの衝撃っていうのは今だに覚えています。なんだろう、自分の心は石のように硬いと思っていたら実は薄いガラスみたいな硬さで、声をかけられて一気に割れた感じ。実は強がってたんじゃないか、と振り返って思います。

文春文庫
万葉と沙羅
中江有里

定価:825円(税込)発売日:2024年05月08日

電子書籍
万葉と沙羅
中江有里

発売日:2024年05月08日

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