〈不登校だった主人公の進学先は通信制高校。『万葉と沙羅』著者・中江有里さんインタビュー〉から続く
本書『万葉(まんよう)と沙羅(さら)』 の主人公・沙羅は中学時代に友だち関係に悩み、学校へ行けなくなってしまいます。自分に原因があって嫌われてしまったのだと自分を責める沙羅。引きこもりのような生活を経て、通信制高校に進学を果たしますが、そこでは、大切な友人達との出会いが待っていました。この小説には、中江さんの実体験がふんだんに盛り込まれています。著者の中江さんにお話を伺いました。(全3回の2回目/最初から読む)
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本が非常口だった
小学校の頃から学校では、どこかのグループに入っていないと自分だけがのけ者にされるんじゃないか、という不安感がなんとなくありました。お昼を食べるときも、授業でグループになって一緒に何かをやるときなんかも、自分がどこのグループにも入れないんじゃないかと、ものすごく怖かった。
空気を読まなきゃいけないっていう事がしんどくなった時は、図書室で本を読んでいました。図書室にいれば誰にも声をかけられないし、一人でいること自体が不自然ではありません。「私はいま、本を読んでいるから、みんなと一緒に行動できない」と、自分自身に言い訳もできる。
小学校5年生のときに親の離婚がきっかけで同じ大阪府内の学校に転校したのですが、すでに人間関係が出来上がっていたクラスでは疎外感がありました。あの当時って、本を読んでると暗い子だって言われたんです(笑)。だから、そういう姿を人に見せるのもちょっと気恥ずかしいから、あまり人前で本を読まなかったんですけれども、転校したばかりのときは居場所がないので、仕方なく教室で読書してました。
たまたま私は子ども時代に、親の離婚と転校というダブルショックにぶつかっちゃったのですが、子どもって絶望しないんです。そういうシビアな状況を乗り越えられるのが子どもの強さ。大人は経験がある分、理屈で考えちゃって、落ち込んだり、だめになってしまうところがあるかもしれません。
当時の自分は「(厳しい現実は目の前にあっても)とりあえず夜は寝て、朝は起きる」というふうに過ごしていました。精神的には大人にならざるを得なかった。だって、親が離婚した当時、私は小学校5年生で妹が小学校1年生。一緒に住むことになった母は離婚してからダブルワークで、朝は私たちが起きる前に家を出て喫茶店を営み、夜はうどん屋さんで21時までパートで働いていたので、必然的に私が妹の面倒を見ることになりました。不満を言っている暇はなく、まず姉の私が妹をたたき起こして朝ごはんを食べさせて、髪を結んであげて学校に送り出すのが先なわけです(笑)。
ある日、先輩に呼び出されて
沙羅が通信制高校へ進学したのは、全日制に通うには不安があったから。もうひとつ、自分の「将来」のために一歩でも進もうとしたから。
(「文庫版特別エッセイ」より抜粋)
学校に行くことがすべてではないけれども、学校に行き続けることで開かれる未来が少しはあるかもしれない、と思うんです。極端に言うと、「学校へ行ったら死んでしまう」と思い詰めている人は行かない方がいいと思います。たとえば、センシティブな話ですが、夏休みが明けて、学校に行きたくなくて9月1日に自殺をする子どもが多いと聞きます。そんな追い詰められた精神で行くことはないと思う。だけど、学校に行くことを全くあきらめてしまったら、その先の選べるはずの道が閉ざされてしまうかもしれない、と学生時代の私は思ったのです。
そのような想いもあって、週1回の登校で済む「通信制」という選択肢もあるよ、ということをこの小説を通じて、もし悩んでいる学生の方がいたら、お伝えできれば良いなと思いました。
実は、なぜそのように思ったかというと私は中学生のときにいじめに遭っていて、そのときに考えたことなんです。ある日突然、女性の先輩のグループに呼び出されて、暴力を振るわれました。いきなり暗い穴に突き落とされたような気持ちで、明日から学校に行ける気がしませんでした。自由な空気の小学校から一転、中学生になったら校則が厳しくて、その締め付けになんとか耐えて通っていたのに、誰かに憎まれて直接的に暴力を振るわれたら、もう無理だと。帰宅して思いつめていたら、仕事中の母からたまたま電話がかかってきたんです。こらえきれず電話口で泣いたら、母は職場からすっ飛んで帰ってきて、「どないしたん」って理由を訊かれたので、今日の出来事を説明しました。「あんたは何かしたんか?」と言うので、「私は何もしてない、そんな覚えも全くないし、先輩とはしゃべったこともない」って話したら、「分かった」と母は言いました。
いじめを受けた次の日
母は私の話を聞いたその足で、私の担任の先生、いじめた中心人物に直接会いに行ったそうです。そして夜帰ってきて、「明日、学校にいきなさい」と私に言ったんです。「絶対に守ってあげるから、行きなさい。明日は何も起こらないから」ものすごくいやだったけれども、その言葉を信じて、翌日、登校しました。そしたら、本当に何も起こらなかった。
私が何かされたら、命がけで守るからっていうことだったんだと思います。私はそのとき、母は私のことをおおげさでなく、命がけで守ろうとしているんだな、と感じた。親としてっていうんじゃなくて、人として本気で言ってるんだなって分かったから、その言葉を信じられたから、学校へ行けたんです。でなければ、行かなかったと思う。
先輩グループのいじめのターゲットにされたっていう情報は学校中を一気にかけ巡るんですね。廊下で、クラスの違う全然知らない同級生に、「中江さんが先輩に生意気を言ったって噂されているから気を付けた方がいいよ」と言われました。先輩とはしゃべったこともないのに。もう学校の人全員「敵」みたいな感じですよね(笑)。あと、私は「先輩後輩の関係」がいやだったからクラブに入らなかったんだけど、クラブに入っている子たちにとっては、先輩から睨まれた私と付き合えないんですよ、残念ながら。当時仲良くしていた運動部の同級生たちに迷惑をかけるからもう付き合えないなと思って、そのことも学校にはもう行けないと思いつめた理由でした。
そんなわけで、翌日の登校はものすごくいやだったし怖かったけど、行ったら、あっけなく一日が過ぎていきました。なにごともなく無事に帰宅できて、「あれ? 昨日のことは一体何やったん?」という感じですよ。
朝、教室に入ったら、最初ちょっと微妙な空気はあったけど、1限目2限目と時が過ぎていくとしゃべってもいいかなという雰囲気になって、昨日わたしに苦言を呈した子たちも、何も言ってきませんでした。そして、そのまま何事もなかったかのように学校から帰ってきて、翌日からまた学校へ行って……おかげで私は不登校にならずに済んだんです。
母は件の先輩に、「こんど娘に手を出したら、私はただではおかない」って言ったらしいです(笑)。あのときは、「逆襲されたらどうしよう」と悪い方向に考えてしまいましたが、幸いにもそうならなかった。もうひとつ母はこう言ったんです。「あんたをいじめたあの子も心根は優しい子。私が話している間、ずっと膝の上のネコをなでてたよ」その言葉も学校へ行こうと思えた理由のひとつでした。
そんな大変な思いもしたけど、私の場合は本が非常口になってくれた。子どもの頃から読んでいた絵本、それから、学校の図書室でめぐりあった本たちにどれだけ救われたか分かりません。
*通信制高校は、各学校によってシステムが違いますので、週1登校ではない学校もあります。単位数の扱いやスクーリング(登校)の日数等については各学校にお問合せください。(文春文庫編集部)
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