- 2024.05.31
- 読書オンライン
映画『ディア・ファミリー』完成披露試写 1000人の涙と、大泉洋、菅野美穂の覚悟。
清武 英利
映画原作『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』(文春文庫)
運命に抗ったり、権力の餌付けを拒んだりする人が、人知れず生きている。その無名人を見つけ出し、実名の彼らと為した仕事を書き残すことが、私の生業である。
幸いなことに、理解者は映像の世界にもいて、私のゴツゴツとしたノンフィクションをテレビドラマや映画に仕立てて下さる。
今回、私の著書『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年間の記録』(文春文庫)が、月川翔監督のメガホンで大泉洋さん主演の『ディア・ファミリー』として、6月14日から全国公開されることになった。『しんがり』『石つぶて』『トッカイ』のWOWOWドラマに続いて、映像化は4作目である。
取っ組み合いで挑んできたこれまでの「映像化」
映像化は事実を広く知っていただくうえで、とても有難い。ノンフィクション冬の時代に書き続けるには、志だけでなく暮らしも立てなければならない。
だが、活字と映像では事実の捉え方や描く手法が異なるため、原作を映像化する彼らとの作業や交渉は取っ組み合いに近いものがあって、毎回、映像プロデューサーらとくんずほぐれつ、喘ぎながら公開の日を迎えてきた。(たぶん、彼らも同じ思いなのだろう)。
映像脚本の修正をプロデューサーに申し入れたり、逆にやり込められたりするのは序の口で、私の作品に実名登場してもらった主人公たちから「本の内容とドラマの内容が異なっている。事実はこうではない」と何度も叱られる。なだめたり、制作側との間に挟まって四苦八苦したり、決裂して友人を失ったりもしてきた。
捜査二課の刑事の矜持を描いた『石つぶて』では、ドラマの予告映像に、取調室の刑事がヤクザの頭を電気スタンドで小突いて追及するシーンが流れた。とたんに主人公の元刑事から電話がかかってきた。
「俺はたとえヤクザでも、被疑者は殴らないで落とす(白状させる)ことを誇りにしてきたんだ。何だ、あのシーンは! これじゃあ、親戚にも顔向けできんよ」
わが自宅だけでなく、WOWOW本社に怒鳴り込むほどの勢いである。予告映像は、刑事の情熱を物語る鮮烈なシーンだったが、元刑事と私で激論の末に、「殴らないのが俺たち二課刑事(ニカデカ)の誇りなんだよ」と言われては仕方ない。プロデューサーに頼んで、本番の放送ではそのシーンを控えめにしてもらい、元刑事の納得を得た。
別の作品では、どうしてもドラマの内容に納得してもらえず、せっかく築いた情報源との信頼関係を失ったこともあった。自分の人生を賭けた行動や決断を映像はくっきり過ぎるほどに描こうとするから、生身の当事者は激しく反応するのである。それも原作者の責任と割り切って取り組むしかない。
今回の『アトムの心臓』について、WOWOWと東宝から私に映画化の打診があったのは、6年前である。だが、本当に上映にこぎつけられるのか、私は今まで以上の危うさを感じていた。
1000人の涙は、悲しみと一筋の希望だった
この物語は、心臓病の二女佳美さんを救いたい一心で人工心臓づくりに挑んだ筒井宣政(のぶまさ)一家の苦しく、切なく、しかし明日に向かう実話だ。主人公の筒井さんは柔道四段、小さな猛牛のような体に「鈍感開発力」を秘めた強烈な町工場の主である。
私は筒井氏を23年前から知っていたが、彼を支えた妻の陽子さんは佳美さんの思い出を語るたびに大粒の涙をこぼした。家族の中にもそのころの苦悩や深い喪失感に触れたくないという空気があった。大勢の撮影陣がその壁を乗り越えられるだろうか、と私は思ったのだ。
しかも、撮影陣の前にはコロナ禍が立ちふさがった。「この人以外の主演はあり得ない」とプロデューサーに言わせた大泉洋さんと製作陣のスケジュールも合わなくなり、撮影自体が延期されてきた。
そして6年が過ぎた。5月13日のことである。
『ディア・ファミリー』の完成披露試写会に足を運んで、私は不思議な体験をした。会場には、関係者を除いて1000人が詰めかけ満員だった。
筒井家の人々と私は中段の席にいたが、試写が進むにつれて、温もりを帯びた闇から無数のすすり泣きが沸き上がって、さざ波のように前後左右から迫ってきた。大勢の観衆が声を殺して、こみあげてくる悲しみと一筋の希望を受け止めようとしているのだ。その波音が筒井家の人々を優しく熱く包んでいる。
筒井家の長女、奈美さんは、すすり泣きの波音に心が震えたという。私は2カ月前の関係者試写会で流すことのなかった涙が頬を伝うのを感じた。
いつものことだが、原作と映画は少し異なっている。しかし、「これで良い」と私はつぶやいていた。映画製作陣はじっと待って耐えながらたくさんの壁を乗り越え、私のノンフィクションとは別の筒井家の物語を描いたのだ。そうでなければ、あれだけの観衆の感情を揺さぶるわけがない。
事実との乖離や感情の行き違いを、映画製作陣は、原作者と家族の要望を辛抱強く聞くことで埋めていったように思う。
大泉さんは撮影前に一人で名古屋の筒井家に出向き、筒井さんや奈美さんに会って話をしている。母親役の菅野美穂さんも、Zoomで筒井夫妻や奈美さんと面談して、「大事なご家族の思い出をお預かりして、しっかり演じさせていただきます」と言った。役者が役作りをするのは当然のことなのだろうが、生きている者に対する敬意と配慮を忘れない丁寧な進め方だと思った。
「愛する誰かのために何ができるのか」(大泉洋)
この夜、試写会前の挨拶でおちゃらけて見せた大泉さんは、試写会が終わるともう一度、サプライズで出演者と一緒に登壇してマイクを握った。
そして、「この映画は大切な子供を亡くした家族の悲しい映画ではないんです。愛する誰かのために何ができるのか、自分以外の人に何ができるのかという映画です。すごく元気になれる、何か人のために頑張りたいと思える映画だと思います」と語った後、少し間をおいてこう続けた。
「(『ディア・ファミリー』を演じて、)自分が生きている時間というのは当たり前にあるのではなく、本当に1秒1秒、その時その時を大切に、無駄にせず生きたいなと思いました」
大泉さんはいま、『男はつらいよ』の主人公・寅さんを新たに演じて欲しい俳優の筆頭に挙げられている。筒井家の奇跡は、そうした名優に自分の生き方を考えさせる物語でもある。
あなたが私の原作本を読んで映画を見るか、映画を見て本を読むか、どちらでもいいが、この家族の伝説を心の奥に熾火(おきび)のように置いて、親や子供たちに長く伝えてもらいたい、と心から思う。
INFORMATION
『アトムの心臓「ディア・ファミリー」23年間の記録』を原作とする映画『ディア・ファミリー』が6月14日(金)に公開されます。
主演:大泉洋/監督:月川翔/配給:東宝
映画公式サイト:https://dear-family.toho.co.jp/
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