- 2024.09.17
- 読書オンライン
大谷翔平が突然、栗山監督の部屋を訪れ「何、言っちゃってんすか」と…WBC優勝後、“世界のオオタニ”が指揮官に伝えた“言葉の真意”
石田 雄太
『野球翔年II MLB編2018-2024 大谷翔平 ロングインタビュー』より #1
今や世界的なスター選手となった、ドジャースの大谷翔平。そんな大谷と一対一で向き合い、インタビューを続けているのが、ベースボールジャーナリストの石田雄太氏だ。大谷は石田氏とのインタビューの中で、どんな言葉を紡ぎ、どんな思いを語っているのか。
ここでは、石田氏の新著『野球翔年II MLB編2018-2024 大谷翔平 ロングインタビュー』(文藝春秋)より一部を抜粋。2023年のWBC優勝の舞台裏で何が起きていたのか。栗山英樹監督のコメントとともに紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
◆◆◆
「僕がやりますから、心配しないで下さい」
アメリカとの決勝戦。
球場に着いた栗山は、まずチームの練習から離れてベンチ裏へ出た。そこからレフトの奥にあるブルペンまで、グラウンドへ出ることなく行けるものなのかを確かめようとしたのだ。DHの大谷がリリーフで登板するためには、打席が回らないタイミングでピッチャーの準備をしなければならない。
ブルペンがベンチ裏にあれば問題ないのだが、レフトにあるとなれば、どのタイミングで、どうやって移動するのかが問題となる。だからまず、栗山はその動線を自分の足で確認したかったのである。
実際にベンチ裏から通路を歩くと、途中に係員がいてその先へ進めないところもあった。理由を説明してさらに進み、レフトのブルペンを目指す。しかし、最後のところではどうしても観客の前を10mほど歩かなければならない。
ただ、そうすれば裏の入り口からブルペンへ入れることがわかった。それを確かめると、グラウンドへ出た栗山は外野で球拾いをしながら、大谷のキャッチボールを観察していた。
「この感じなら大丈夫だなと思った。この2年で急成長した翔平の進化のスピードはオレの思っていたよりもかけ算、かけ算で倍増してる。身体の強さは練習を見ているだけで十分、感じられたからね」
栗山は覚悟を決めて、ベンチの裏で大谷を待った。投打の両方で出場するときはやることが多すぎて大谷の歩みを止めることは難しい。それを百も承知の指揮官は、準決勝の試合前に呼び止めることも考えた。
しかし、準決勝では大谷の雰囲気がそれをさせなかった。「あまりに入り込んでる」(栗山)と感じたからだ。それでもさすがに決勝を前に何も伝えないわけにはいかない。目の前に現れた大谷を「ちょっと話がある」と呼び込んで、栗山はこう言った。
「準備、大丈夫か。ブルペン、レフトにあるけど……」
栗山がそう言いかけると、大谷が遮った。
「僕がやりますから、心配しないで下さい」
そう言って立ち去ろうとする大谷に、栗山は「最後、行くからね」とだけ伝えた。
「ファイターズのときならともかく、あそこまでの選手になったら、もう自分のこと自分でわかるんだな、と思った。もし投げられないなら自分から言ってくる。だから試合中の準備もこちらからは何も指示していない。どうするのかなと思って、楽しみに見ていただけだよ(笑)」
「野球の神様って、すげえな」と感慨に浸った瞬間
大谷がブルペンへ向かったのは5回が終わったときだった。その回、3打席目が回ってきて、しばらく打順は巡ってこない。
「アイツ、ど真ん中を堂々と歩いて行ったよね。裏動線なんて必要なかった」
ベンチ裏ではなく、グラウンドに出てファウルゾーンの“ど真ん中”を歩いて大谷はブルペンに向かった。その後はブルペンとベンチを小走りに行ったり来たり……プロの世界でそんな光景は見たことがない。
しかも、この試合のキャッチャーは大谷がまだ一度も組んだことがない中村悠平だった。試合はもちろん、ブルペンでも大谷の球を受けたことがなかったのだ。最後、キャッチャーをこれまで大谷を受けてきた甲斐拓也に代えることも栗山の頭を過ったが、試合の流れを変えるのも怖かった。
日本は村上宗隆、岡本和真のホームランなどで3─1とアメリカを2点リードしていた。7回裏、内野安打で出塁した大谷は吉田正尚のサードゴロでニ塁へ滑り込む。そのままチェンジとなって8回表、ブルペンからダルビッシュ有が出てきた。ダルビッシュがマウンドへ足を踏み入れたまさにその瞬間、大谷がダグアウトを出る。ドリンクを飲みながら、ブルペンへと歩く。
8回、ダルビッシュがカイル・シュワバーに一発を浴びて1点差となる。大谷はブルペンでのピッチングを続けていた。そして9回、大谷がブルペンから出た。泥だらけの野球小僧がマウンドに立つ。栗山は「これが大谷翔平だ」と思ったのだという。
「WBCでの翔平はこれがやりたかったんだろうなって……ピリピリした雰囲気の中でみんながひとつになって、自分のことなんてどうでもいいから勝とうぜ、という野球の原点を味わいたかったんだと思う。だって翔平、キラキラしてたもんね」
打順は9番からだった。つまりすんなりツーアウトを取れば、最後は2番のマイク・トラウトとの対戦になる。なんというエンディングか……まるですべての出来事が逆算で組み立てられていたシナリオのように思えてくる。
「野球の神様って、すげえな」
「これがオレの最後のユニフォームだよ」という監督の言葉に“野球翔年”は…
世界一が懸かった決勝戦、1点差の土壇場で指揮官は「あるまじき感慨」(栗山)に浸ってしまっていた。しかしマウンドの大谷が緊張感を取り戻させてくれる。先頭のジェフ・マクニールをフォアボールで歩かせてしまったのである。
「正直、オレの中では大事なときにしでかす感じがピッチャーの翔平に対してはまだあった。力が入りすぎて、自分のパフォーマンスにならないときがある。いいボールを投げているなと思ったらフォアボールでしょ。1点差だから、追いつかれたら翔平を下ろすしかなくなるから……」
するとムーキー・ベッツがセカンドゴロを打った。4─6─3のダブルプレー。マウンドで吠える大谷、バッターボックスへ向かうマイク・トラウト。なんと9回ツーアウトから、チームメイトの世界最強打者との対決が実現したのだ。このとき、栗山は意外なことを感じていた。
「そうか、ここが大谷翔平のスタートだったんだ。ここからやっと翔平が本当にやりたかった野球が始まるんだって……翔平にはいろんなプレッシャーがあったと思う。この日もそうでしょ。アメリカをやっつけようと言って、みんなにメジャーリーガーに憧れるなと檄を飛ばして、本来、そこに立つべきクローザーの場所を奪って、最後を締めくくる。それが叶えば、いろんなものから解き放たれて、これからは翔平が物語を紡いでいくことができる。だから、きっと嬉しいとか悲しいとか、そういう感情とは違う涙だったんじゃないのかな。オレはアイツが泣いているところを見たわけじゃないんだけどね(笑)」
WBCで実現した、大谷対トラウト。
2球目、160kmのストレートで空振り。
4球目、160kmのストレートで空振り。
「鬼気迫ってたよね。普段から力は入れるけど、あんなに丁寧さと力強さを両立させた翔平は初めて見た。技術じゃない。心とか魂とか、そういう想いがっていた。この1球で野球人生が決まる、そんな勝負がしたかったんだろうね。間違いなく世界一の選手だよ。間違ってなかったなぁ」
ボール球も3つ投げて、フルカウントからの6球目――空振り三振、吠えた、両手を広げた、グラブを、帽子を投げた。誰彼となく抱き合う。世界一を勝ち取った栗山とも、がっしり抱き合った。
「翔平、あのとき、たぶんオレだってわかってなかったと思うよ」
そう言って笑った指揮官の部屋を、別れ際に突然、大谷が訪ねてきた。
「監督、写真撮りましょう」
そう言ってガッと栗山の肩を抱き寄せて写真に納まった大谷が「お疲れしたっ」と部屋を出て行くその背中に、栗山は「翔平、ありがとな」と言葉を投げ掛けた。
「これがオレの最後のユニフォームだよ」
すると天邪鬼な“野球翔年”は言った。
「何、言っちゃってんすか。3年後、やればいいじゃないですか」
〈《独占インタビュー》新婚の大谷翔平が語った、妻・真美子さんとの“意外な出会い”「2週間ちょっとの間に3回会って…」〉へ続く
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