〈「ヒビの入ったガラスの天井を破って!」ヒラリー・クリントンからカマラ・ハリスへ。女性たちが世代を超えてつなぐ社会変化へのバトンに希望を見る〉から続く
去る8月19日から22日の4日間にわたり、11月のアメリカ大統領選に向けた民主党大会が開かれ、大統領候補の指名を受けたカマラ・ハリスのスピーチが党大会の末尾を飾った。トランプ再選が既定路線として語られる暗澹たるムードは、アメリカ初の黒人・アジア系の女性大統領誕生の可能性が現実のものになるなかで後景化したようにも見える。多様性と自由を訴え、「私たちは後戻りしません」とトランプの対決姿勢を見せたカマラ・ハリス。
ヒラリー・クリントンによる応援演説に続き、民主党大会でもうひとつ注目を浴びたのが「新しい家族像」「新しい男性像」というテーマだった。夫の前妻との子どもたちから愛称を込めて「ママラ」と呼ばれ「混合家族」を体現するカマラ・ハリス大統領候補、子どもの発達障害をオープンに語るティム・ウォルズ副大統領候補など。『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』でアメリカ社会の前向きな変化をつづった小児精神科医の内田舞さんが、民主党大会に見る新しい変化の兆しを書く。
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民主党大会に見る「健康的な男性らしさ」の表象
ヒラリー・クリントンによる応援演説に続き、もうひとつ民主党大会で素晴らしかったのが、カマラ・ハリスの夫であるダグ・エムホフ氏や副大統領候補のティム・ウォルツのスピーチに表れていた「健康的な男性らしさ」の表象でした。
ユダヤ系の弁護士であるダグ・エムホフ氏は、最初の結婚でできた子どもたちが高校生のときに前妻と離婚し、その後クライアントのセットアップした「ブラインドデート」(相手がどのような人か知らされずにデートに行く)でカマラ・ハリスに出会い、そして恋に落ちたという自身の半生を語りました。
エムホフ氏が登壇する際に、彼の息子であるコール・エムホフ氏が自分の父親がどのような人物なのかを紹介するビデオが流れたのですが、印象的だったのが彼の正直さでした。コール氏は両親の離婚が子どもたちふたりにとっても大変だったことや、カマラが副大統領になるために父親が30年間働いた弁護士事務所を辞めたことにエムホフ氏自身も精神的葛藤があったと語ったのです。
それでもスポットライトに慣れない父エムホフ氏がカマラの横に立ち、彼女を全力でサポートしている姿、そして史上初の「セカンド・ジェントルマン」、つまり女性副大統領の配偶者として取り組むべき課題に取り組み、そのなかで自分自身の声を見つけていく姿を誇りに思ったと続けました。
「僕の父親は、これからまた『ファースト・ファースト・ジェントルマン』(初めての「大統領の夫」)として歴史を作ります。僕たちは今までのホワイトハウスに暮らした家族とは違って見えるかもしれない。でも僕らはアメリカに住む全家族の代表になるつもりでいます」という言葉で動画を終えたのでした。
妻を全力で支える父親の姿、実の息子がその父親の姿を誇りに思うと語ることができること。そして、私の3人の息子たちがこのような「新しい男性像」を見て育つことができるということ。その幸運に私は感動しました。
「トキシック・マスキュリニティ(毒性のある男らしさ)」からの解放
著書『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)でも書いたように、近年、「トキシック・マスキュリニティ(毒性のある男らしさ)」からの解放はアメリカで広く議論されるようになりました。カマラ・ハリスの夫とその息子のスピーチはまさにそれを体現していたと思うのです。
無意識のジェンダーバイアスは男性をも苦しめます。「男の子なんだから泣いちゃダメ」「男の子だからそんなのできて当然」「男は一家の大黒柱にならなければ」といった何気ないフレーズでも、幼い頃より同じテーマの言葉をかけられる度に「男の子はこう」という固定観念が植え付けられていきます。それは子ども達の可能性を狭めるだけでなく、心理的に傷つけている場合もあるのです。
この数年、アメリカメディアでは長い歴史の中で「男とはこういうもの」と印象づけてきたことの悪影響を考え、「Toxic Masculinity(毒性のある男らしさ)」の呪縛を次世代に引き継がせないために、メディアを通してどのような男性像を映し出すべきかといった議論が盛んにされています。例えば、2019年のNFL(ナショナルフットボールリーグ)最高峰のスーパーボールの中継で、高視聴率を獲得した髭剃りメーカー・ジレットのCMが話題になりました。CMの前半には今まで男性が笑って見過ごしてきたセクシャルハラスメントや暴力のシーンが次々と映し出され、”Boys will be boys.”(男とはこういうものだから仕方がない)というフレーズが流れますが、そこにジレットのスローガンだった”The Best That a Man Can Get”(男のためのベストのもの)をもじって”Is this the best that a man can get?”(これが男としてベストなのか?)と質問が視聴者に投げかけられます。そこから虐められている男の子を助けに暴力を止めに入る男性、女性蔑視的な発言をする男性に「やめろよ」と声をかける男性、そしてそんな大人の男性を見ている小さな男の子が映し出されるのです。これからの男の子たちが男らしさの呪縛から解放されて育つために大人の男性がどのようなロールモデルになるべきかといったことを示唆する、未来に向けて希望を感じる感動的なCMでした。
「男の子も悩んでいることを打ち明けてもいい。苦しいときには助けを求めてもいい。妻や家族とお互いをサポートし合う関係を大切にしていい。権力や仕事の成功だけが男性の強さを見表すのではない」。私の息子たちが育っていくなかで、これからもこのようなメッセージを受け取れることを願っていますし、日本でもそのような機会が増えてほしいと思います。
「混合家族」という新しい家族の形を示すカマラ・ハリス
さらに、カマラの夫エムホフ氏はスピーチで、カマラについて次のように語りました。2014年にカマラと結婚してから子どもたちふたりが彼女を、「カマラ」と「ママ」をかけて「ママラ」(Momala)という愛称で呼ぶようになったこと、息子夫婦が結婚式でカマラに司祭役(あなたは××を妻として愛することを誓いますか?と聞く役)を頼んだこと、娘からの電話に政治的な危機に直面した時と同じくらいの真剣さで受け答えをするカマラを見て、「自分の家族をカマラに託したことが自分の人生の中で一番いい判断だった」ということ。「だから、あなたも自分の家族の将来をカマラに託してほしい」と〆たのです。
さらに、エムホフ氏は自分の子どもたちが「自分自身、元妻、カマラのことを三つの頭がある育児マシーンと呼ぶ」ことについて話し、「混合家族」(Blended Family,。血の繋がっていない、結婚によって家族になる人をも含むブレンドされた家族)の現実を語り、元奥さんとカマラ二人に同時に感謝の念を述べました。エムホフ氏は元の奥さんと良い関係を保っていたこともあって、大人三人で協力して子どもたちを育てたというわけです。これは、共和党の副大統領候補であるJ・D・ヴァンス氏の「カマラ・ハリスのように子どもを持たない悲しい人は、自分が惨めだから国ごと惨めにしようとしている」という侮蔑的な発言への直接の応答でもありました。
同性婚+養子、あるいは人工授精によって生まれた子どもという家族も「普通」になりつつある
ヴァンス氏はハリスだけでなく、ゲイであると公表し、パートナーと同性婚をしているピート・ブーティジェッジ運輸長官に関しても批判の目を向けました。ブーティジェッジ運輸長官は夫とともに双子の赤ちゃんを養子にもらって育てているのですが、そんな家族の形は認めないと言わんばかりに、「民主党には子どもがいない。国の将来に『物理的に』貢献しない人ばかりだ」と発言したのです。
ブーティジェッジ運輸長官も、民主党大会でこの発言にはストレートに返答しました。かつてアメリカ軍の一員としてアフガニスタンに送られた彼は、「当時僕にはまだ子どもがいなかったが、国の将来への貢献は文字通り『物理的』だった」、つまり国への貢献度と子どもの有無などはそもそも無関係だと論点のずれを指摘したわけです。
そして同性婚を経て双子を育てている自身の家族について次のように述べました。「25年前はこのような家族のかたちは不可能だと思われていた。17歳の僕はインディアナの田舎で、(同性愛者の)自分が『ここにいてもいい』と思える場所(Belonging)はどこにあるだろうかと苦悩していた。しかし、それが”不可能”から”可能かもしれない”に変わり、やがて現実になり、今では『普通』にすらならんとしている。こんな劇的な変化をたった人生の1/4の期間で達成することができた」のだと。
「家族のあり方」も大統領選の争点に
今回、民主党大会で頻繁に耳にするのが、「家族のあり方についての個人の選択」というテーマです。これは誰を愛し、どのような家族を築くかという個人としての選択だけでなく、共和党が推す人工妊娠中絶禁止令や、自然妊娠以外の人工授精による妊娠などをアシストする医療の制約に反対する言葉でもあります。
民主党大会では、12歳のときに継父から受けたレイプで妊娠した女性も登壇しました。彼女はアメリカの約半数の州で事実上の人工妊娠中絶禁止令を施行できたのは「美しいことだ」と述べたトランプ氏に対し、自身の負の体験を語りながら、「自分の親の子どもを妊娠し、(中絶できずに)その妊娠を続けなければならないことの何が美しいのか」と訴えました。
妊娠中絶を夢見る人は誰もいないと言っても過言ではありません。産める/産めない、産む/産まない、はそれぞれの人生におけるたくさんの事情を考慮しての選択であり、妊娠が生物学的に「選択」ですらないことも多い。そうせざる(ならざる)をえないということは想像以上に多いのです。だからこそ、妊娠中絶という決断は女性本人のものでなくてはならないと思うのです。
子どもの発達障害もオープンにしたティム・ウォルズ副大統領候補
副大統領候補のティム・ウォルズ氏もまた、スピーチの中で妻グウェンとの間で7年間も不妊に苦しんだ経験を語りました。「あなた自身が不妊治療の辛さを経験したことがなくても、間違いなくあなたの友人で経験したことのある人はいるはずです。『今月もうまくいかなかった』と病院から電話がかかってくるたびに感じた落胆。しかし僕らには生殖補助医療を受ける選択があった。その結果、やっと子どもを持つことができたときには、娘にホープ(Hope、希望)と名づけた。ホープ、ガス(息子)、グウェン(妻)、君たちが僕のすべてだ」と。
ウォルズ氏は息子のガスに発達障害があることを公表しています。17歳のガスは、父親の言葉を聞き、涙を流しながら立ち上がり、聴衆席から「That’s my dad!(僕の父親だ!)」と父親を誇らしく思う気持ちを隠しませんでした。国中から様々なことを言われかねない公的な立場にありながら、多くの聴衆を前にした場で彼の感情を思い切り表現させてあげたこと。その勇気に接して、ウォルズ氏もその妻のグウェン氏も親として素晴らしい姿を見せてくれたと思ったのです。
社会変化を夢見て
振り返ってみると、カマラ・ハリス大統領候補のヒラリー・クリントンによる女性たちのバトンをつなぐ応援演説に始まり、女性大統領候補の夫や息子が新しい男性像、家族像を、そして副大統領候補のティム・ウォルズ氏がやはり新しい家族像を語るなど、アメリカの変化、そして変化を受け入れるエネルギーを表す民主党大会だったと思うのです。
すでに変化は起きている、変化は起きているときには気付かないが、振り返るとそこには前よりも良くなった世界がある。でもそれで終わりではなく、まだ今は未来を見通せずとも前進は続いていく。もちろん、変化を実感できるまでには時間がかかる。それでも社会の変化を夢見て、ソーシャルジャスティスの種をまいていくことには価値があると思うのです。
最後に『ソーシャルジャスティス』から次の一節を引用させてください。
国によって異なる時間が流れていて、それぞれの背負う背景も置かれた状況も異なりますが、どの社会も前進を止めないでほしいと思います。気付くことが第一歩。気付きを声にしてみることが第二歩。その気付きの声が共鳴するたびに、社会の歌が生まれます。その歌が社会をさらに前進させる。日本はもしかしたら変化を感じにくいムードに覆われているかもしれませんが、まずは自分の思いに正直に耳を傾け、その思いが社会とも無縁ではないと信じてみること。それがソーシャルジャスティスの種になり、そこから未来の分断を超える変化が育つのだと信じています。
私もまた自分のために、社会のために、未来のために何ができるのか。誰かのためになる小さな一歩でも前に進む種まきの手助けができたら光栄だと願っています。
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