- 2022.09.07
- インタビュー・対談
〈堂場瞬一インタビュー〉東京オリンピックから1年。今こそ意義を問う。「五輪を集金と分配の道具にしてはいけない」
堂場 瞬一
『オリンピックを殺す日』
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「警察小説」と「スポーツ小説」を軸に多くの読者を持つ堂場瞬一氏が、問題作『オリンピックを殺す日』を9月9日に刊行する。
「コロナ禍で、東京オリンピック・パラリンピックが強行開催されました。あれから1年が経ち、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』ということわざのように、きちんとした検証は行われないままです。東京五輪とは何だったのか。私にとっての『挫折』の記録を、小説として書きました」
オリンピックにまつわる小説を、「DOBA2020」プロジェクトとして出版社4社から連続刊行するなど、堂場さんは、五輪への思い入れが人一倍の強い作家である。堂場さんにとって、オリンピックに関する「挫折」とは何だったのか。
「子どもの頃からオリンピックをずっと見続け、応援してきました。同時にそれ以上に、私にとっては、小説の大事な舞台でもありました。アマチュアスポーツにおいて、世界最高峰の舞台だと思っていたからです。1984年のロサンゼルス・オリンピック以来、商業主義に毒されつつあるとは感じていましたが、コロナ禍にあって、五輪が『集金と分配』のシステムと化していることが明白に露呈してしまった。
未知の感染症との闘いで、多くの人々の生活が揺らいでいる中、オリンピックだけが特別でいいのか。アスリートだけが聖なる存在でいいのか。それは違うんじゃないか、と。2021年の夏に、自分の信じてきたものが壊れてしまったと感じたのです」
今作の刊行直前になって、東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件が浮上。大会組織委員会の高橋治之元理事と、大会スポンサーだった「AOKIホールディングス」青木拡憲・前会長ら、数人の関係者が逮捕されている。
高橋元理事は、電通出身で、多くのスポーツビジネスに携わったのち、組織委の理事に就任。AOKIから多額の資金提供を受けていた。
大会の前後に様々なスキャンダルに見舞われ、金まみれの批判もあった東京オリンピック。堂場さんは、大会期間中に、誰にも見せることのない『オリンピック日記』を書き続けていたという。
「この日記の中身は批判ばかりです。どうして、誰もきちんと検証しないんだろう、という疑問を持ちつつ、『自ら改善できない事情』を理解できる心情もありました。
私もかつては新聞記者でした。取材の対象のである組織で不祥事が起きれば、批判記事も書きますが、他者から悪口を言われれば、ムッとしてしまう。たとえば『最近の警視庁はダメだ!』なんて言われると、『警視庁にはこんな事情もあるんだ』と言い返したくもなる(笑)。取材対象の組織と親しくなりすぎて、取材者もインサイダーになってしまうことが往々にしてあるんですね。
だったら、自分で『オリンピックの意義を問う小説を書こう』と。エンタメ作家らしく、サスペンスとして描いてみよう、と考えたんです」
物語の舞台は、オリンピックから数年後の東京――。
ある大学教授が、「五輪は集金・分配システムに変化し、意義を失った」という言葉を残して、日本を去った。
数年後、中堅の新聞記者がある情報を手にする。世界的企業が、新たなスポーツ大会「ザ・ゲーム」を企画している、と。
大物アスリート数名が関与していることまでは分かるが、誰しもが口を閉ざしていた。
新聞社でも、オリンピックに対する意見は分かれていた。そんなとき、「メディアとスポーツの関係性」をぶち壊すような、大会プランが明示されていく。
記者は、この大会を仕掛ける「謎の組織」の正体に迫れるのか――というサスペンス小説だ。
「この世界には多くのプロスポーツが存在します。プロですから、お金の存在が重要だという共通認識のもと、エンタメとして私たちを愉しませてくれています。一方で、オリンピックは、プロスポーツの価値観とは違っていてほしい、と願っていました。今作では、グローバル企業が、ある方法で、国際的なアマチュアスポーツ大会を開催しようとします。現実的には難しいかもしれないですが、できないわけじゃないと思っています。
後は、開催地の問題ですね。開催が決まれば、税金が投入され、それがどう使われたのかは、私たちが納得するように明示されない。こうなってくると、開催を望む都市はほとんどないのではないでしょうか。
オリンピックを運営する組織と、関連企業と政治――この関係性だけで開催地が決められていく。こういったことへの提言も込めています」
オリンピックを潰すための国際大会「ザ・ゲーム」を画策する組織。参加するのか、しいないのかの狭間で、揺れる現役アスリートの心情。スポーツの為に何ができるか、という使命にかられるOB選手たち。
オリンピックの価値観を信じる記者は、「ザ・ゲーム」の暗部や黒幕を明かそうと、世界中を飛び回るが……。
「この小説を最後に、もうスポーツを描けなくなってもいい。そんな覚悟で書きました。賛否両論含めて、反響があるといいなと願っています」
『オリンピックを殺す日』の刊行に際し、文藝春秋digitalでは、9月12日(月)19時~、作家の堂場瞬一さんと筑波大学教授、日本オリンピック委員会(JOC)元理事の山口香さんによるオンライン対談イベント「『電通スポーツのドン』逮捕 五輪のカネはどこまで汚いか」を開催します。
スポーツイベントを巡る政治に「アスリート」はどうかかわるべきなのか。スポーツにおける「プロ/アマ」の違いとは何なのか。持続可能な五輪のあり方はどのような運営で行われるべきか。自身が五輪メダリストであり、元JOC理事として大会運営にもかかわってきた山口香さんと、「警察小説」と「スポーツ小説」を描き続けてきた堂場瞬一さんによる議論、ぜひご覧ください。
有料イベントとなります。詳しくは、こちらをご覧ください。
https://bungeishunju.com/n/n00457b5eb4c1
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