- 2024.10.25
- 読書オンライン
「サイコパスはコミュ力が高い」「一見、善人に見える」現代社会に溶け込んだ“反社会的人格者”の被害から、自分を守るための方法とは
小松 正
『なぜヒトは心を病むようになったのか?』より #2
〈マザー・テレサもスティーブ・ジョブズも実は「サイコパス」って本当…? 人口の1%しかいない“反社会的人格者”の知られざる正体〉から続く
人間は、身体だけでなく、「心」も長い年月をかけて進化を遂げてきた。しかし、「うつ」や「陰謀論」など、人間の心のネガティブな性質は、進化の過程で淘汰されることなく、今現在も私たちを苦しめている。人間の“心のダークサイド”はどのように私たちに影響を及ぼしているのだろうか?
ここでは、生物学研究者の小松正氏が、進化心理学の観点から人間の“心のダークサイド”について綴った『なぜヒトは心を病むようになったのか?』(文春新書)より一部を抜粋。近年注目を集めるようになった「サイコパス」とは、どのような人を指す言葉なのだろうか?(全2回の2回目/1回目から続く)
◆◆◆
「サイコパスは人口の約1%」少数派であることが有利な理由
集団中のサイコパスの頻度は1%程度と言われており、かなりの少数派です。サイコパスにとっては、少数派であることがむしろ有利になるという仮説があります。サイコパスにとって都合がよいのは、他人をすぐに信頼するような善人が多くいて、サイコパスが彼らを容易に利用できる状況でしょう。
サイコパスのことを「社会的捕食者」と呼ぶことがありますが、いわば周囲が獲物だらけというわけです。反対にサイコパスにとって都合が悪いのは、周囲の人間も自分と同じサイコパスだったという状況です。搾取する相手を見つけ出すのが難しくなります。
このように、サイコパスにとっては周りに自分と同じサイコパスが少ない環境のほうが望ましいわけです。
少数派であることが有利になる性質の存在は、古くから進化生物学における重要な研究テーマでした。今日では、こうした性質を生み出す自然選択のタイプがあることがわかっており、「少数者有利の頻度依存選択」と呼ばれています。
「頻度依存選択」とは、集団のなかで、ある形質を持つ個体がどれくらいの頻度で出現するかによって、その個体の適応度が左右されることを指します。
まず、ある性質を生み出す遺伝子について、その遺伝子の頻度が低い集団においては、その遺伝子を持つ個体の生存や繁殖の機会が高まり、逆に遺伝子の頻度が高い集団においては、その遺伝子を持つ個体の生存や繁殖の機会が低くなるという状況を仮定します。
頻度依存選択が働く遺伝子は、その遺伝子頻度が低いときには、個体の適応度が高いため、世代を経るにつれて遺伝子頻度が徐々に増加していきますが、ある程度遺伝子頻度が高くなった段階で個体の適応度が低くなり、遺伝子の増加がおさまることになります。
サイコパスは少数者の場合に有利となることから、サイコパス傾向を促進する遺伝子には少数者有利の頻度依存選択が働き、その結果として、サイコパス傾向を促進する遺伝子は集団中での頻度が頭打ちとなり、サイコパスは少数にとどまっている、という説が有力視されています。
サイコパスの特性と緩慢な生活史戦略の傾向に負の相関があるという研究結果が報告されています。サイコパスはそうではない人と比較して、性急な生活史戦略を選択する傾向があるということです。
このことは、サイコパスにとって好ましい環境がどのようなものであるかを考えると理解しやすいです。サイコパスにとっては、1つの場所に長くとどまり、同じ人たちと長期にわたって関係を続けることは都合が悪いと予想されます。
搾取した人から自分に対する悪評が生まれ、周囲から反発を受ける可能性が考えられ、そうした事態を予防する画策が必要になりそうです。少なからず労力が必要でしょう。
むしろ、時々は所属集団を変えることや、もともと人の流動が激しい環境で生活することが、サイコパスにとっては都合が良いと考えられます。
生活史理論に基づくと、このような変動の激しい環境で生活する個体は性急な生活史戦略を選択することが有利になると予想されます。生活史理論から導かれるこうした予想は、サイコパスが性急な生活史戦略を選択する傾向があるという前述の研究結果と整合しています。
記録を残すなどの自己防衛を
現代社会は、所属集団の変更が容易で人の流動が激しいという点ではサイコパスにとって都合が良いように思われます。しかし、その一方で、他人を傷つける行為をしながらもそれを完全に隠蔽することが、昔よりも難しくなっていることも確かでしょう。オンラインのコミュニケーションではログが残りますし、対面の会話でもスマホで簡単に録音や録画ができます。
実際、パワハラやセクハラが明確な証拠とともに告発され、加害者が謝罪を余儀なくされる事態が増えています。こうした点は、サイコパスにとっては不都合でしょう。サイコパスにとって有利な点と不都合な点が混在するのが現代社会と言えそうです。
サイコパスの中にはコミュニケーション能力が高く、一見すると善人に見える人もいます。利害が一致している間は特に問題が発生しないことも多いでしょう。公的な場面では通常は契約書などを交わすため、サイコパスの利己的行為により被害が発生したとしても、被害者が法的にそれなりの補償を得られるような対策は比較的容易と思われます。
しかし、プライベートな関係の場合、そのままでは法的保護の対象になりにくい現実があります。自分の関わる相手がサイコパスで、利己的な行動によりこちらが被害をこうむった場合に相手の開き直りや逃げ得を許さないために、少しでもおかしいと感じたら、やりとりの記録(オンラインのログ、スマホによる録音や録画など)を取ることを習慣化するのが有効と思われます。
#1で紹介したサイコパス傾向の強いA氏のケースも、仮に当時のA氏の発言が記録に残っていて、証拠として提示されていたならば、責任を取らざるを得なくなった可能性が高いです。
第三者、すなわち社会の大多数の人々から批判を受けるような状況となれば、損得勘定の結果として、それなりの責任を取ったほうが本人にとっても有益になるからです。サイコパスに良心や罪悪感をもつように変わってもらうことは困難です。いざというときのために自己防衛するのが現実的な対策と思われます。
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