- 2024.11.30
- 読書オンライン
「確かに母はそういう人だった…」
温厚なはずの父が認知症の母に「死にたいなら死ね!」と叫んだ本当の理由
信友 直子
『あの世でも仲良う暮らそうや 104歳になる父がくれた人生のヒント』より #2
〈「お母さんは獣になってしまったのか」手を噛まれた娘がショックを受ける一方で…認知症の母に父がかけた“想像力がありすぎる”驚きの一言〉から続く
映画監督の信友直子さんは、認知症になった母・文子さんと、母を献身的に介護する高齢の父・良則さんの暮らしをカメラに収めた。そうして制作したドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は異例の大ヒットを記録。夫婦は突如として有名人になった。
ここでは、11月に104歳になる良則さんの日々の様子を、直子さんが娘の視点から綴った『あの世でも仲良う暮らそうや 104歳になる父がくれた人生のヒント』から一部を抜粋して紹介。文子さんに何を言われても、いつも温厚に対応する良則さんが「死にたいなら死ね!」と叫んだ意外な理由とは……。(全3回の2回目/続きを読む)
◆◆◆
温厚な父が叫ぶ衝撃映像
映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の中で最大の衝撃映像は何でしょう?
これはもう満場一致で、「死にたい!」と叫ぶ母に父が「死にたいなら死ね!」と叫び返すところでしょう。「あの温厚なお父さんが……」とショックを受けた方も多いかもしれません。
映画を観ていない方のために、どんな場面か説明すると……。
いつものように朝起きられず、布団に潜ったままの母。父はすでに早起きして洗濯をすませ、朝食の用意をしています。自分がまるで当てにされていないことに傷ついたのか、母が突然叫び出します。
「そがいに私が邪魔なんね! そんならもう私は死んでやる! 包丁持ってきてくれ!」
しばらくは穏やかに諭していた父ですが、あまりに「死ぬ」を連発する母に、突然、
「ばかたれ! 何をぬかすんな! 死ね! そがいに死にたいなら死ね!」
私はあまりの衝撃に固まってしまいました。父は元来おとなしい人で、声を荒らげたところなんて見たこともありません。生まれて初めて見た父の修羅の形相に、リアルに恐怖を感じたのです。お父さん、こんな『仁義なき戦い』みたいな物言いをする人だったの?
しかし一方で、ビデオカメラを回していた監督としての私。これはもう恥をしのんで言いますが、ワクワクが止まらなくなっちゃいました。「うわぁ、すごいことが起きてる!」夢中で撮影を続けていました。つくづく業の深い娘ですよね……。
後に冷静になると、娘の私と監督の私が心の中でせめぎ合いを始めました。この修羅場、はたして映画に入れてもいいものだろうか? 父のイメージダウンになりはしないか? たった一度爆発しただけなのに、父が「キレやすい怖い人」だと誤解されたらかわいそう……。
あとから気づいた父の真意
悩みつつ映像を見返した私は、あることに気づきました。現場では「死にたいなら死ね!」に気を取られて印象に残らなかったのですが、父はしきりに母に「感謝して暮らせ」と繰り返していたのです。
「ちっとは感謝して暮らせ。みんな良うしてくれよるじゃないか。おまえは『ありがとう』の心が持たれんようになったんか」
ハッとしました。実はそう言われた母こそが、今まで何より「感謝」を大切に生きてきた人だったからです。
私が幼少時から母に一番しつけられてきたのは「人に感謝すること」でした。
母は口を酸っぱくして言ったものです。
「あんたが今こうしておられるのは、決してあんた一人の力じゃないんよ。周りの人のおかげなの。だから感謝の気持ちを忘れたらだめ。いつも『ありがとう』の気持ちを持って人に接しなさい」
ああ、確かに母はそういう人だった! 母の一番良いところが失われそうになるのを、父は必死で食い止めようとしていたんだ……。
この頃母は、ケアマネジャーさんやヘルパーさんに助けてもらいながら生活していました。父は「その人らへの感謝の気持ちを、おまえは何で持たれんようになったんじゃ? そうな人間じゃなかったろう?」と一生懸命訴えていたのです。
父は母を、物忘れをしたり家事をやらなくなったという理由で怒ったことは一度もありません。そんなのは自分が補えばいい、と思っているからです。でも、母の一番の美点が失われることには我慢ができなかったのではないでしょうか。それこそが、父の愛した母そのものだから……。
私は真剣に母に向き合えているだろうか
胸にずしりと来ました。認知症になったからといって、父は母という人を諦めていないんだ。大切な存在として向き合っているからこそ、母のために出た言葉なんだ。
振り返って私はどうだろう? 私は父ほど真剣に、母に向き合えているだろうか?
「私は邪魔になるけん、もう死にたい」
母が初めてそう言い出した時にはさすがにショックでしたが、この頃にはもう母の暴言にも慣れてしまって、正直「また始まった」としか思っていませんでした。
「まあまあそう言わずに。誰も邪魔になんかしとらんよ」
映像には、やさしげに母をなだめる私の声も入っています。でもその裏からは、私の心の声が聞こえてくるようです。
「こんな感じで適当になだめておけば、そのうち癇癪もおさまるでしょ。どうせお母さんは認知症なんだから、ムキになって道理を説いたって、こっちが疲れるだけだわ」
ああ、私は、自分のズルさを突きつけられたようで恥ずかしくなります。
結局私は、自分が楽をしようとしているだけなんですよね。認知症の本に書いてある「認知症の人を決して怒ってはいけません。本人が何を言っても否定せず傾聴しましょう」というマニュアル通りに「やさしい娘」を演じているだけなんです。母のためではなく、自分のために。マニュアルに従って、思考停止して、よけいなエネルギーを使わなければ、自分がこれ以上傷つかなくてすむから。
でもそれは、キツイ言い方をすれば、どうせ認知症なんだからと、大好きだったはずの母を諦め、見捨てたことになるんじゃないでしょうか。
確かに父が怒鳴り返したことは、「認知症対応マニュアル」に照らせばとんでもないことです。でも父は、そんなマニュアルなんてクソくらえ、なんです。認知症なんて関係なく、ただシンプルに「おまえの一番いいところをなくしたらだめじゃないか!」と母に伝えたいだけなのですから。
ひどいことを言われたのに…意外な母の反応は
そして母にも、そんな父の思いはきちんと伝わっていました。「死にたいなら死ね」なんてひどいことを言われたにもかかわらず、「それなら死んでやる」みたいに売り言葉に買い言葉にはならず、思わず母の口から出たのは、
「そうに怒らんでもええじゃないの……」
それまで威勢の良かった母は、叱られた子供みたいに一気にシュンとしちゃいました。その後、父の見ていないところで「私が悪かったね……」と反省の涙。そして驚くことに、しばらくしたら父にニコニコと近づいて行って、
「お父さん、背中痒いことない? 掻いてあげようか?」
ご機嫌取りなのか何なのかよくわからない、謎のアピール。父も「おう、そんなら掻いてもらおうか」と背中をはだけて、まるで蚤取りをするお猿さん夫婦みたいな、ほほえましくかわいらしい名シーンが誕生したのです。
私は思いました。愛はマニュアルをやすやすと超えていくんだなあと。本当にその人を思う気持ちがあれば、怒鳴ってもひどいことを言っても、絶対に誤解されることはないんだなあと。
大バトルを経て、ますます深まった父と母の絆。そして、大切な気づきをくれた父のことを、ますますカッコイイと思ってしまう私なのでした。
〈「おっ母が家に帰ってきたら、抱えてやらんといけんけんの」入院する母のために…98歳の父が始めたのは“筋トレ”だった〉へ続く
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