- 2022.10.26
- コラム・エッセイ
父を庇護者として見ることをやめ、自分で築く人生を選んだとき、父との新たな関係が始まる
梯 久美子
『この父ありて 娘たちの歳月』(梯 久美子)
ジャンル :
#ノンフィクション
渡辺和子、石垣りん、茨木のり子、田辺聖子、辺見じゅん等……。不朽の名作を生んだ九人の女性作家たち。彼女たちはどんな父娘関係を生き、それが作品にどんな影響を与えたのか? 『狂うひと』『原民喜』など、話題作を発表し続けるノンフィクション作家・梯久美子さんが、新刊『この父ありて 娘たちの歳月』に込めた思いとは――。
本書で取りあげた九人の女性はみな父親から大きな影響を受けているが、それは一方的な受け身の立場としてではない。父の人生を深く受け止め、さらにそれを相対化することで、自分の人生の中に「父の場所」を作り出したといえる。その過程で重要だったのは、書くという行為だったのではないかと思う。
子が親を書くには、「近い目」と「遠い目」の両方が必要である。前者は日常をともにした肉親の親密な目であり、後者は社会の一員としての親を一定の距離をとって見る目である。
本書の女性はみな「書く女」である。彼女たちが父について書いた文章には、「近い目」による具体的で魅力的なエピソードが数多くあるが、一方で、父の人生全体を一歩引いた地点から見渡す「遠い目」も存在する。そこから浮かび上がるのは、あるひとつの時代を生きた、一人の男性としての父親の姿である。
彼女たちの父はそれぞれに個性的だが、思うように生きられた人ばかりではない。父たちがたどった人生を知ると、人はたまたま遭遇した時代に人生を左右されるのだということを、改めて突きつけられる思いがする。その時代ゆえにそのように生きるしかなかった人間の姿が、娘の筆を通して浮かび上がるのである。
彼女たちは比較的長寿に恵まれ、父親が没した年齢を超えて生きた。父の人生が完結した後も長い歳月をかけて父について考え、文章にした。
父に庇護される立場にあるとき、多くの女性には「こうあってほしい」という父の像がある。そうではない父に失望し、批判の目を持つようになるのである。だが、父を庇護者として見ることをやめ、自分で築く人生を選んだとき、父との新たな関係が始まる。本書の女性たちは、父の死後も、書くことによってその関係を更新し続けたといえる。
成熟した目と手をもつ彼女たちが父を書くことは、歴史が生身の人間を通過していくときに残す傷について書くことでもあった。この九人は、父という存在を通して、ひとつの時代精神を描き出した人たちだったともいえるだろう。
本書に登場する九人は、私が長く愛読してきた、尊敬する書き手である。心からの感謝を捧げるとともに、その作品を一人でも多くの読者が手にすることを願って筆を擱(お)く。
二〇二二年九月
梯 久美子
<「書く女」とその父 あとがきにかえて>より抜粋