わたしの母は京子という。お誕生日がきたら八十九歳になる。持病もあるし、常にどこかがなんとなく痛い状態であるものの、お世話になっている高齢者施設で毎週開催されるゲーム大会の年間チャンピオン(二年ぶり二回目)を狙うほどには元気である。
京子は北海道の小樽に生まれ、二十四歳で結婚し、二度の出産を経験、四十一歳で石狩町に転居した。
石狩町は札幌と小樽のあいだに位置する。人口が増えていき、京子六十一歳のとき、ついに市制施行となった。
京子が地元の方たちとの交流を活発化させたのは、この頃である。それまでは小樽時代の友だちや、書道や合唱を通じて知り合った札幌の趣味友だちと交歓していた。
「トシ取っていったら、この辺に友だちいたほうがいいっしょ。トシ取ってからだと友だちつくるの大変だもネェ」とのことで、つまり、豊かで愉快なシニアライフを送るべく、地縁の積極拡大を展開したのだった。
町内会のシルバークラブを手始めにカラオケやら踊りやらさまざまなサークルを体験するうち、読書会を発足させようとしている人との出会いがあった。せっかくだからと参加してみたら、これが面白いのなんのって。「もー最高なんだワ」と言い言い休まず通い続けて月日が流れ、八十の坂を越えちょいちょい入院するようになっても医師に手を合わせるようにして外出許可を勝ち取り参加するのだが、このときはもう「『読む会(読書会のこと)』はお母さんの生きがい」と家族も呑み込んでいたので、本人と一緒になって医師に頭を下げた。
わたしは「『読む会』はお母さんの生きがい」であることは知っていたが、実際にそこで何がおこなわれているのかは知らなかった。だから、なぜそんなにも母が「読む会」に行きたがるのか、つまり、なぜ「読む会」が母の生きがいとなりえたのか分からなかった。老母を思う子の心情として、生きがいがあってよかったなぁ、と思うきりだった。
ところが、入院中の母を見舞ってくれた「読む会」メンバーとのいかにも楽しそうなやりとりを見て、「あ」と思った。
母の灰色がかった黒目がキラキラと輝いていたのである。それは「母」や「妻」といった、もうすっかり身に染み付いているはずの肩書きが吹っ飛んじゃったみたいな、わたしの母というより、京子という人の目の輝きであるように感じた。
興味がわいて機会を得て、「読む会」を見学させてもらって、「ああ……」となった。和室の会議室に集まったメンバーはロの字に並べた長机のそれぞれの席でおちゃんこ(正座)したり、あぐらをかいたり、あるいは肘枕で横になったりしながら課題本から目を上げては近況を報告し合い、また本に目を戻すというのを繰り返していたのだが、会長さんの発声でスタートすると、一斉に引き締まった顔つきになった。
順番通りに課題本を音読し、一人ずつ感想を述べていく、という段取りである。感想は、朗読については褒めがほとんどで、本については各自の思い出話が中心だった。ときにクロストークとなり、大いに盛り上がる。
母だけでなく、みんなの目がキラキラと輝いているのはもちろん、表情そのものがぴかぴかと明るかった。
わたしの心に、ああこれは紛れもなく「生きがい」だと伝わってきた。この人たちは、一生の宝物を見つけたんだ。
それをもっと知りたくて『よむよむかたる』という小説を書いた。このたび出版の運びとなり、とっても嬉しい。
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