〈代役でラジオに出演して人生が激変。「令和のラジオスター」アンジェリーナ1/3が綴る、ラジオ界の兄・神田伯山との深い絆〉から続く
ガールズバンドGacharic Spinのマイクパフォーマーで、ラジオのレギュラー番組を3本も持ち、『現代用語の基礎知識2025』に「2024年のキーパーソン」として紹介されたアンジェリーナ1/3(通称アンジー)。そのスピーディーで濃厚な22年間をさらけだした初の自伝的エッセイ『すばらしい!! 日々!』より、父の死の瞬間を綴った箇所を抜粋し、紹介する。(全2回の2回目/最初から読む)
◆◆◆
骨肉腫の手術を受けた父のがんが肺に転移
お父さんの肺にがんが転移したのは、私が小学5年生のときだった。
呼吸も荒くなって、少し歩いただけでもぜーぜーしてたのに、ある日一緒に買い物をして帰るときに、なぜかお父さんは「走ろう」と言い出した。「肺に穴が開いてるんだからやめておきなよ」って諭しても、下町の根性親父だからなのか、たんに負けず嫌いなのか、「なめんなよ!」と言うことを聞こうともしない。
案の定、よーいどんで走り出したら、10秒くらいで息が切れて立ち止まる。
「ちょっと待ってくれ」
「だからやめとけばいいのに」
「なんだと!」
そしてまた同じことの繰り返し。
やっと短いダッシュの連続も終わって、仲直りして手を繫いで帰る二人。この時間が大好きな私。お父さん、いつまでもこんなふうに……。
「ちょっと待っててくれ」
娘の手を離し、コンビニへとすたすた歩いていくお父さん。私はすでに何事かの察しはついている。
「お待たせ」
そこには買った缶チューハイを早速あけて口をつけつつ出てくるお父さんの姿。
はあーっと溜息をついて、お父さんのあいてるほうの手を握って一緒に家に帰った。
私が中学1年生のときの、6月16日。
バスケ部の部活が始まる前の時間、校内放送で私の名前が呼ばれた。何事かと思って職員室へ行くと、「お父さんが危ないかもしれないから病院に向かって」と先生に言われた。
そのとき、私はどうしてもすぐに行く気にはなれなくて、そのまま体育館に戻ってしまった。
お父さんが弱ってる姿を見たくなかったというのもある。そして実は家族の中で私だけ、まだ幼いという理由で父の余命宣告を聞かされておらず、まだまだ1年は猶予がある、今日明日でどうかなるなんてことはないと思っていたのだ。そう思おうとしていたのかもしれない。
なのでみんなに「何かやらかしたの?」なんてからかわれて、「お父さんやばいみたいなんだよね」なんて軽口を叩きながら、アップを始めた。
でも30分くらい経ったとき、不意に「あれ、本当にやばいかも、なんだかここにいていい気がしない」って、すごく嫌な気配に襲われた。
その瞬間、私は誰にも言わず、何も持たずに体育館から走り出し、とにかくまず家に向かった。
入ると帰ってこられない病院の個室に父が……
その頃すでにお父さんの余命を知っていたお兄ちゃんに言われて、何かあったときに部屋に戻る時間がなかったり、家に入れなかったりした場合のために、交通系のICカードと携帯電話をポーチに入れて、ポストに隠してあった。
そしてそれをつかむと、すぐに電車に乗って、築地の国立がん研究センターへ向かった。
お父さんは個室にいた。前にお父さんが冗談で、「その個室に行くともう帰ってこられない」と言っていた部屋。
お父さんも最初は4人部屋だったけど、同部屋ですごく仲良くしてた競馬好きの患者さんが、急にその個室に移ったらすぐに亡くなってしまって、最後の挨拶もできなかったという話を聞いたことがあった。
その個室にいま、お父さんがいる。
しかも肺に管を入れて人工的に呼吸してるような状態で、人間じゃないみたいな、ベッドに叩きつけられるような苦しそうな動きをしている。正直、私は見てはいけないものを見てるのかもしれないと思ってしまった。
父の最後の言葉は「夢は口に出せば叶うからね」
「お父さんお父さん、私来たよ、ちゃんと来てるからね、私ここにいるよ」
ずっとそう声をかけ続けたら、5分くらいでようやくすっと落ち着いて、穏やかに眠るようになった。
そして目が覚めると、今度はちゃんと話せる状態で、私の将来の夢の話とか学校の話とかをずっと二人きりで1時間くらい喋った。
病室のテレビではバラエティ番組が流れていたままだったけど、話の途中でテレビカードの残り時間がなくなり、ぷつんと切れて、静かな画面になった。
そうしたらお父さんが急に真面目な話を始めた。私はそれが嫌だったので、「なんか死ぬ前みたいじゃん」って茶化してしまった。お父さんがいなくなるなんて、絶対に受け入れたくなかったから。
おまえは絶対にいい大人になる。父ちゃんがこの子がいちばんだって思うくらい人として魅力があるから、これから押しつぶされそうになっても、誰に何を言われても、胸を張りなさい。
おまえは父ちゃんに似て繊細なところもあるから、すぐ自信をなくしたり、すぐ弱音を言いそうになったり、すぐ人に流されるところもある。
でもおまえがそういう人間でいてくれるおかげで、父ちゃんは死んでもこの世にい続けられるんだなって思える。元気でいてくれるだけで、ずっと生き続けられるんだ。
お父さんはそう言った。
でも私はやっぱり、そんな最後みたいな言葉を聞きたくなかった。
「そんなしみったれたこと言わなくていいよ。それより来月、一緒にディズニー行こうって言ってたじゃん。夏が来たら江ノ島にも行くんだから、頑張らなくちゃ」
泣きそうだったけど、涙は必死に堪えた。「頑張って」とだけ何度も言った。
自分のいちばん大切にしたい夢を叶えてね。
お父さんはずっとおまえの夢をサポートし続けるから、つらくなったり困ったことがあったら、とりあえず父ちゃんの顔を思い浮かべてくれ。そうしたらいつまでも一緒だし、いつまでも絶対に力を貸すから。
夢は口に出せば叶うからね。
それがお父さんの最後の言葉だった。
心電図の動きが止まったとき、思いきり泣いた
それまでずっとお父さんの手を握っていたけれど、泣いてしまうから目を合わせることはできずにいた。でもお父さんは、私が笑ってる顔が好きだっていつも言ってくれたから、もうお父さんがだめかもしれないとなったとき、笑っていようと思って振り絞るように笑顔を作って話していた。
でも、ついに心電図の動きが止まったとき、お父さんもう見てないよね、もういいよねって、思いきり泣いた。
お父さん、ちゃんと笑って私、お別れできたよね。
お母さんやお兄ちゃんたちが病室にやってきても、私はずっとお父さんの手を握ったままだった。
お父さんも最後にぎゅっと握り返してくれたその手を離すのが、嫌で嫌で本当に嫌で、だってこの手を離してしまったら、お父さんの手が冷たくなっちゃう。それがすごく怖い。
窓の外はすごい雨で、病室の時計はずっと夜の6時くらいで止まったままのような気がした。
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