- 2024.12.19
- 読書オンライン
「やられる勇気ある?」と言われ、答えられなかった…早稲田大学1年生がジャニーズJr.オーディションで経験した“その人”との出会い
霜田 明寛
『夢物語は終わらない ~影と光の“ジャニーズ”論~』より#1
30年来のジャニーズ(現STARTO ENTERTAINMENT)ファンであり、『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)の著者でもある霜田明寛さんが、2023年の一連のジャニーズ性加害問題以降に感じてきた葛藤と思いを込めた『夢物語は終わらない ~影と光の“ジャニーズ”論~』(文藝春秋)を上梓した。
ここでは同書より一部を抜粋して、霜田さんが大学1年生の時に初めて受けた「ジャニーズJr.」オーディションの日に“その人”と出会ったことや、年下の少年の思いもよらぬ覚悟に困惑した体験を紹介する。(全3回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
夢のオーディション会場へ
“その人”に会えば人生が変わる。
そう信じてきた人に対面を果たせる日は、願い始めて8年後にやってきた。
「ジャニーズJr.になりたい」
思いを込めて送り続けた履歴書に4回目にして返事が来たとき、僕は大学1年生になっていた。何度確認しても、その封筒はジャニーズ事務所からのオーディション通知だった。封筒をあけながら、人生の半分をかけて願っていた夢の輪郭に触れた気がした。
絶対になくさないように机の中にしまって、取り出しては夢ではないかと確認する日々を10日ほど繰り返し、その日はやって来た。
2004年7月。オーディション会場となったテレビ東京のスタジオ周辺に着くと、少年たちだけではなく親の姿も多く見られた。それもそのはず、そこに呼ばれていたのは小学生から中学生が主で、自分と同じ18歳以上を見つけるのは至難の業だった。スタジオ内は親も入ることができ、席も用意されていて、そっちの方を見ると、まるで授業参観のようだった。全員がやる気に満ち溢れているかと思いきや「連れてこられた」という雰囲気の少年も多く、親たちのほうが浮わついているのを感じ取れた。
学校の背の順だと小さいほうだった僕も、この中では頭ひとつ抜きん出てしまっていた。それは同時に今がもう“遅すぎる”タイミングであることを告げられているようでもあった。小学生たちが可能性のかたまりに見え、自分は受験戦争などというものに時間を費やしている間に、その可能性を減らし続けていたのだということに気づく。戻れない時間の重みと、削ってしまった可能性の大きさを嫌でも自覚させられる。僕は、自分が大人になってしまっていることに絶望した。
ただ、いつも見ていたジャニーズJr.の番組である『Ya-Ya-yah』のスタジオの中に自分がいるという状況に加え、さらにはジュニアのレッスン風景に潜入したりする番組で見たことのあった振り付け師・サンチェさんの登場は、気を引き締めるには充分だった。
お手本として登場した当時ジュニアの千賀健永と山本亮太のダンスが目の前で見られることに高揚しながらも、課題曲だったタッキー&翼の『夢物語』の振り付けを覚えていく。
“その人”との出会い
ある程度、ダンスの振り付けが終わった頃だろうか、“その人”は現れた。
近づいてくるにつれ、空気が変わっていくのを感じる。200人ほどが詰め込まれたスタジオの少年たちの波が、サーッと形を変えていく。
皆、その人に気づきながらも、意識をしないように踊っている。僕自身もそうだった。過度のアピールは嫌われるのではと思いつつ、近づいてくるとどうしても動きに力が入ってしまう。
「掃除のおじさんだと思っていたらジャニーさんだった」「不合格だったから名札を返そうと思って、立っていたおじさんに話しかけたら合格を告げられた」といった類のエピソードが当時、既にテレビなどで多く話されていたので、きっと少年たちも親にそう教え込まれていたのだろう。挨拶や紹介こそなかったが、その会場に入ってきた人物が、ジャニー喜多川であることに、皆が気づいていたと思う。
手元には紙とペンがあり、どうやら胸の番号を記入しているようだった。手元は動かず、僕の横を通り過ぎていく。僕と同じくらいの、大人としては小柄な身長は、少年たちの波の中に身を隠すのにはちょうどよかったのかもしれない。どこにいるのか、何を見ているのかは気にはなったが、気づくとそのまま姿が見えなくなってしまっていた。
ある少年が告げた覚悟
その後、特技披露の時間が設けられた。サンチェさんを中心に輪になり、手を挙げて指名された者が輪の中心で特技を披露する。内容を知っていたのか、一輪車をスタジオ内に持ち込んでいた少年もいた。皆元気よく手を挙げ、バク転のようなアクロバティックな特技を披露している。ここでアピールをしなければ……焦った僕は、気づくと手を挙げていた。
その勢いがよかったのか、サンチェさんは僕を見て「君!」とチャンスをくれた。しかし、だ。僕には特技と呼べるような特技がない。何かないだろうか……とっさに思い浮かんできたのは、小学校のとき、CHARAのモノマネをしたら教室が爆笑の渦に巻き込まれたという小さな成功体験だった。
「何ができるの?」サンチェさんはこっちを見据えている。
「も、モノマネ……」
僕が声を絞り出すと、「モノマネはあとでやって、はい次!」と言われ飛ばされてしまった。
ま、マズい……。違う種類の焦りが自分の中に生まれる。小学生に囲まれているからといって、なぜ僕は小学生の頃にウケたものにすがってしまったのだろう……。たしかに、この広い空間ですべき特技ではなかったのかもしれない。あえなく拒否された18歳の僕を見て、横にいた9歳くらいの少年がほくそ笑んでいた。
合間に、休憩時間のようなものがあり、僕は何人かの参加者と話していた。年下にタメ語を使われ続ける時間だったが、それはしょうがない。会話は「親が応募したから今日来たんだよ」とか「◯◯くんに憧れている」とかそんな他愛のないものだったが、その中で中学2年生くらいの少年が急にこう言った。
「やられる勇気ある? 俺はあるよ」
一瞬、何のことを言っているか理解できなかった。すると少年は、ものわかりの悪い奴だなあとでも言いたげな顔をして、こう付け加えた。
「ジャニーさんにだよ」
僕は慌てて周囲を見渡し、大人の関係者が近くにいないことに安堵した。
しかし僕はすぐにはこの質問に答えられず、さらにはここでその話題を彼と続けることは危険だと判断し、その場を離れてしまった。困惑する僕に、なんだか少年は勝ち誇ったかのような顔をしていた。
この時点ではまだ都市伝説のような扱いだった話を少年は受け止め、覚悟した上でここに来ている。一方、僕はそんな具体的な想像をせずに会場に来てしまった。たしかに、覚悟の上で既に負けているような気がしてしまった。
僕の「ジャニーズJr.になりたい」は、辛い道を進む覚悟のない、見たい部分だけをかき集めて想像した絵空事のように思えてしまって、より心が沈んでしまった。
人生をかけた夢の行方
サンチェさんの言った「あとで」の“あと”とはカメラテストのことだった。ひとりひとり、カメラの前で簡単に自己紹介をする。しかし、一回拒絶されてしまった僕に、そして何より“あの人”が見ている前でCHARAのモノマネをする勇気はなかった。
2人同時に進めるために2台設置されたカメラの真ん中に、ジャニーさんは立っていた。
僕の番がやってくる。もう片方の列に並んでいた少年も、もう1台のカメラの前で自己紹介をしていて、ジャニーさんはそっちを見ていた。
スタッフの方に合図を出され、とりあえず学校名からかなと思い「早稲田大学商学部1年……」とはじめると「早稲田」と言うやいなや、ジャニーさんが僕の方を見た。そして一瞬で僕の顔を確認すると、もと見ていた少年の方に視線を戻した。
こうして僕の10年の想いを、いや人生をかけた挑戦は終わった。
最後に、事務所のスタッフとおぼしき女性が「今日来てもらった皆さんは、ジャニーズJr.研修生です」と言って説明を始めた。オーディションに来ただけでもう研修生扱いなのだという事実を初めて知る。そしてこう続けた。
「時間が経って必要なときに呼ぶことがありますので、すぐには連絡がなくても待っていてください」
履歴書に書いた電話番号が自宅のものであったことを思い出し、僕は大学最初の夏休みを、ほぼ家から出ずに過ごし、電話を待ち続けた。
夏休みも終わりかけた9月。自宅で観た『ミュージックステーション』でデビュー曲『浪花いろは節』を歌う関ジャニ∞のバックに、オーディションで隣にいた男の子の顔を見つけた。ああ、僕は選ばれなかったんだ、と感じた。後日、雑誌で、その子の名前が山田涼介というのだと知る。
3年後の2007年には山田がメンバーのHey! Say! JUMPがデビューした。
あの日、同じ会場にいた深澤辰哉や阿部亮平も約15年のジュニア期間を経て、2020年にSnow Manとしてデビューしている。「やられる勇気がある」と豪語していた少年を、その後ジュニアとして見かけることはなかった。
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