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貯金と投資なんかで夢見てる場合じゃない。凝り固まった思考を叩き割る社会構想の誕生を目撃せよ

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

22世紀の資本主義

成田悠輔

22世紀の資本主義

成田悠輔

くわしく
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はじめに

A お金という(悪)夢

 お金は人類の恥部である。

 みんなお金が大好きだ。ネットや本屋を覗くと年収アップやら資産形成やらFIREやらのゴミみたいな書籍や動画が溢れている。火を放って焼き払いたくなるくらいに。暗号資産やらNFTやら新しい資産も次々芽生えては滅びているらしい。億り人も家畜みたいに大量生産されている。

 夢のある話だけじゃない。人生相談を受ける番組で資産をすべてトルコ国債・リラに投入した直後に暴落で終了した人の相談を受け、諦めることをおすすめしたことがある。なりすまし投資詐欺に引っかかって老後のための資金を溶かしてしまう中高年も多い。逆に小金のために詐欺の出し子になって一生を棒に振ってしまう若者もいる。数十万円のために人殺しを請け負う人さえいる。人を殺すくらいなら、自分が死ねばお金の心配もなくなるのに。

 お金は夢であり悪夢である。それなのに、あるいはだからこそ、人はお金の話を避けたがる。身長や年齢、時に体重や血圧は公開しても、年収や資産は誰も公開しない。家族や親友にさえ教えるのはすごい抵抗感だろう。そして公開してる人のお金情報はだいたいデマである(ビジネスお金持ちもビジネス貧乏人も多いので注意)。不思議だ。ただの数字になぜそんなに神経質になるんだろう。要するに、お金はみんなが一番話したがり、同時に一番話したがらない存在である。

 私はどうかって? もちろん年収も資産も断固として非公開である。そして私もお金が大好きで大嫌いである。お金には人の性格や本質が映し出されるように見えるからだ。お金持ちに限ってケチで人を安くこきつかうことが本能みたいに染みついていたり、お金に興味がないと言ってる人はだいたいそういう話でお金を稼ぐ人だったり。お金には人間の矛盾や葛藤がよく表れる。だからどうでもいいところで急に強気の値段交渉をして相手が狼狽えるのを見たり、他人のお金事情をしつこく聞き出そうとして絶縁されたりするのが好きだ。人の不幸はもちろん大好物なので、株価や仮想通貨が暴落して苦しんでいる人がいると胸が高鳴ってしまう。

 でもちょっと待ってほしい。なんで人はお金が大好きで大嫌いなんだろう? そもそもお金とはなんだろうか? なぜお金はいるんだろうか? お金はこれからも必要でありつづけるんだろうか? ふと立ち止まって考えてみると、こういった問いへの答えを私たちは持っていないことに気づく。巷のお金本や投資動画は教えてくれないし、学校の政治経済の教科書にも載っていない。だったら素手でそういう問題を考えてみよう。一番答えを知りたい疑問はこれだ。お金なしで生きることはできないだろうか?

 今ここの時事や情勢の話はしない。向こう十年の経済見通しも考えない。株価の予測などもちろんしない。わからないし興味がないからだ。むしろ、向こう数十年から百年くらいの未来を考える。お金や市場経済の仕組みはどう変化していくだろうか? 要は資本主義はどこにいくのだろうか? 国家vs.市場、政治vs.経済の役割分担は? 22世紀ごろに向けて資本主義が、市場経済が、そしてお金がどうなっていくかの予想(のふりした妄想)だ。社会は、人間は、世界はどこにいくのか知るための準備運動でもある。

 投資でいくら儲けたとか資産がいくらになったとか生ぬるいことを言ってる連中は滅びてほしい。そういうものが全部燃え尽きるような、本当の資本主義の話をしよう。

 最後に、この本が目指すのは突飛なSFではない。むしろ堅実な予測を目指す。脳内で生まれたばかりの夢を掬おうとする生卵のように繊細なSFではない。かといって、今ここで事業化できるほど固まったゆで卵でもない。その間の半熟卵を目指す。半熟卵にははっきりした境界がなく、始まりも終わりもあいまいだ。好きなところで読みはじめて好きなところで読み終わってほしい。ランダムに開いたいくつかのページだけつまみ食いするのもいい。22世紀までには食べ終わることだろう。


第1章 暴走 すべてが資本主義になる

「『お金で幸せは買えない』と言う人はどこで買えるか知らないだけだ」

──作家・詩人ガートルード・スタイン(1874年-1946年)

 すべてが資本主義になる。あるいは、すべてが市場経済の契約になり、商品になり、取引になる。私はそう思う。なんだ、いきなり市場原理主義者の妄言かとうんざりされるかもしれない。そうだ。死人がゴロゴロ出るような、悪夢と現実の区別もつかなくなるような、徹底した資本主義と市場経済だ。

 そんな22世紀へ飛ぶためには準備がいる。まずは今どこにいるのか、風はどちらに吹いているのか知る必要がある。現状認識は単純だ。資本主義が暴走している。その本質をますます大規模に、高速に、極端に露わにしている。そこからはじめよう。

資本主義とは何か

 だがそもそも、資本主義とは何だろうか。この言葉を定義しなければ「すべてが資本主義になる」ことの意味も掴めない。実のところ「資本主義」という言葉は意外に若く新しい。フランス語、ドイツ語、英語で「資本主義」という言葉が用いられるようになったのは、19世紀後半のことに過ぎない。(※)そしてそこから100年以上が経った今でも、定義が曖昧でグラグラしている。老人らしく辞書を調べるとこんなことが書いてある。

【資本主義】
「資本家が生産手段を私有し、労働力以外に売る物をもたぬ労働者の労働力を商品として買い、搾取によって労賃部分を上回る価値を商品を生産して利潤を得る経済。封建制に次ぎ現れた経済体制で、産業革命によって確立された。」(大辞林)

「資本財の私的所有または企業所有、私的に決定される投資、そして主に自由市場での競争によって決定される財の価格・生産・流通を特徴とする経済システム」(Merriam-Webster)

「各国の貿易や産業が、国家ではなく、営利を目的とする私的所有者によって管理される経済システム」(Oxford English Dictionary:OED)

 わかったようでわからない。雲を掴むような説明である。「資本」とは何か、「生産手段」とは何か、「財」とは何か、何でないかがよくわからないからだ。でもちょっと考えると、この雲を掴むような掴みどころのなさ、よくわからなさこそ、資本主義の本質なのではないかと私は思う。「財」や「生産手段」や「資本」の中身が変幻自在に変わっていくこと、だんだん捉えどころがなくなっていくこと、そして固まった定義からひたすら逃れつづけること。それこそ資本主義の本性だからだ。何の話をしているのか、フワフワとした気分や印象だけ持ち出してもしょうがない。いくつかの体験と事実からはじめてみよう。

寓話1:私は詐欺師

 こんなニュースを見た。

【投資名目】60代女性が特殊詐欺2億1000万円被害 福岡県内で最高額
女性はSNSで知り合った「成田さん」と名乗る人物から投資の知識や方法を教わり、指示された実在の投資サイトに口座を登録。複数の口座へ送金を指示され、計2億1052万8458円を振り込んだという。

 ちょっと前まで、FacebookやInstagramなどのSNSにこんな広告が躍っていた(図1 2024年冬時点ではだいぶ落ち着いている模様で、すぐに苦情を言う民間人の代わりに皇室の方々などが使われているらしい)。

 まず警告する。これっぽい広告はみんな無断で違法のなりすまし詐欺広告である。万が一周囲に私や他の怪しげなインフルエンサー(笑)にLINEか何かで投資指南を受けているというお知り合いやご家族がいらしたら、すぐに全力で止めてほしい。

 何の話なのか。詐欺やなりすましはやめよう気をつけよう、事業者もSNSで金を稼ぐなら違法詐欺広告の取り締まりくらいちゃんとしろというしょうもない話だ。でももうちょっと踏み込んだ捉え方もできる。生身の人も物も介さず、スカスカペラペラの詐欺情報に人間が億単位の金を貢ぐ。なりすましアカウントの多くがChatGPTか何かの生成AIで作られているらしく、独特のぎこちない言葉づかいで迫ってくることがますます感慨深い。

 ここにあるのはAIたちが織りなす無人で無形な資本主義の醜い原形。そしてその養分に堕ちた生身の人間たちの終わりの始まりである。


※ Jürgen Kocka(2016)Capitalism: A Short History. Princeton University Press.(ユルゲン・コッカ『資本主義の歴史――起源・拡大・現在』山井敏章訳、人文書院、2018年、8頁)


「はじめに」「第1章 暴走 すべてが資本主義になる」より

文春新書
22世紀の資本主義
やがてお金は絶滅する
成田悠輔

定価:1,100円(税込)発売日:2025年02月20日

電子書籍
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やがてお金は絶滅する
成田悠輔

発売日:2025年02月20日

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