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遠田潤子が「主人公さげ」してしまう理由とは? 「不穏さ」を残しつつ新たな境地に至るまで

遠田潤子が「主人公さげ」してしまう理由とは? 「不穏さ」を残しつつ新たな境地に至るまで

遠田 潤子

『ミナミの春』刊行記念インタビュー

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説

『冬雷』で「第1回未来屋小説大賞」受賞、『オブリヴィオン』で「本の雑誌 2017年度ベスト10」第1位、『銀花の蔵』で直木賞候補……いま注目の作家・遠田潤子さんの新刊は、大阪・ミナミを舞台にした人情劇。

 大阪出身、大阪在住、大阪以外の地には住んだことがないという生粋の大阪人である遠田さんに、この春万博をむかえる大阪の現在と、作品について伺いました。

『ミナミの春』(遠田潤子)

★『ミナミの春』あらすじ
売れない芸人を続ける娘、夫の隠し子疑惑が発覚した妻、父と血のつながらない高校生……。大阪・ミナミを舞台に、人の「あたたかさ」を照らす群像劇。
◎松虫通のファミリア
「ピアニストになってほしい」亡妻の願いをかなえるために英才教育を施した娘のハルミは、漫才師になると言って出ていった。1995年、阪神淡路大震災で娘を亡くした吾郎は、5歳になる孫の存在を「元相方」から知らされる。
◎ミナミの春、万国の春
元相方のハルミが憧れた漫才師はただ一組、「カサブランカ」。ハルミ亡き後も追い続けたが、後ろ姿は遠く、ヒデヨシは漫才師を辞めた。2025年、万博の春に結婚を決めたハルミの娘のため、ヒデヨシは「カサブランカ」に会いに行く。
(他、計6篇からなる連作短編集)
 

詳しくはこちらから
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163919553

◆◆◆

――本作は大阪・なんば周辺、いわゆる「ミナミ」を舞台にした連作短編集です。遠田さんは大阪出身、大阪在住、大阪以外の地には住んだことがないという生粋の大阪人でいらっしゃいますが、ここまで正面から「大阪」という土地と、そこに住まう人々の気質を描いたのは初めてですね。

遠田 そうですね。大阪といえば「あめちゃん配り」とか「安いことを自慢するおばちゃん魂」とか、いくらでもこてこてのイメージがあると思うんですが、そのイメージって本当にその通り、実際にあるカルチャーなんですよ。

 

 わたしはずっと集団生活になじめない、そこまでコテコテになれないまま大阪で生まれ育ちましたが、娘たちを見ていると、若い子でもそのカルチャーが染みついている子はいます。わたしがそう育てたわけではないので(笑)、街に育てられているというか、大阪で育つって、知らず知らずのうちに「浪花節」がしっくりくるように育つということなのかもしれない、と思います。

大阪に対するアウトサイダーとして

――第一章から、「大阪で育ったのに大阪になじめない男」・吾郎が出てきますね。彼が、「漫才師として成功して家族にいい思いをさせたい」と語るヒデヨシと、家族を支えるためにキャバレーで働く奈津子に接して、浪花節を感じるシーンが印象に残ります。

遠田 わたしはずっと「ニュータウン」と呼ばれる地域で育ちました。下町と違い、色々な地域から人が移り住んできて成り立つ場所。吾郎のように、コテコテの大阪カルチャーに根っからなじんでいるわけでなく、アウトサイダー的な目線があるのは、そういう地域で育ったからかもしれません。

 

 そんなアウトサウダーから見ると、大阪というのは「浪花節」を発揮しやすい近さがある場所なのだと思います。東京ほど広くはなく、主要な都市がコンパクトにまとまっている。だから、ミナミを歩いているとよくロケ隊に会います(笑)。関西ジャニーズの子や芸人さんがその辺をぷらっと歩いている。本書でも、架空の天才漫才姉妹・チョーコハナコというコンビを出していますが、彼女らと一般人の近さこそが、大阪が持つ「近さ」なのです。

 その「近さ」があるからこそ、人が困っていたら目に入るし、「あめちゃんいるか?」と話しかけたくなる。それが暑くるしいと思われるのかもしれませんが(笑)。

 

――「その街独特の雰囲気」が描かれた名作は枚挙にいとまがありませんが、個人的に大阪、北海道などの街はその匂いが特に濃くなるような気がします。大阪の場合、その匂いを発しているのは、一歩を踏み込む人間の「近さ」なのかもしれませんね。

 例えば、第五章で登場する高校生の女の子・翼と、チョーコハナコ。血のつながっていない養父との関係に悩む翼は、チョーコハナコが同じような環境で育ったことを聞き、相談に乗ってもらえないかと伝手をたどります。普通だったらそんな一高校生によくしてやらないのでは……と思えますが、彼女らは翼を放っておかないんですよね。

遠田 チョーコは格好つけたイイ女ですよね。ふらっと老舗カフェにいるような「近さ」があるのに、かといって誰ともつるまない「孤高さ」もある。みんながどこかしらで彼女らに影響を受けています。

虚像としての天才漫才師コンビ

 チョーコハナコという漫才師は、本作の中ではずっと虚像的存在です。誰かから見た描写だけがあって、誰も彼女らの本当の姿を知らない。わたし自身はいつも「素」というか、芝居などできない人間なので、誰かのための虚像を生きている俳優さん、芸人さんには逆にとても興味があったんです。

――本作は、春へ向かっていく時間のようなあたたかさが滲み出た「いい話」でありつつ、遠田さんの持ち味である「そこはかとない不穏さ」も楽しめます。第二章、五章は特に、そんな遠田さんの筆が乗っているな~と感じました(笑)。

遠田 わたしはどうやら「主人公あげ」するのが苦手で、登場人物たちは基本的にしんどい目に遭いがちなんですよね。というのは、少女漫画ブームの中で育つうちにひねくれてしまったのか、主人公と自分を同一視させて楽しませるような物語に、居心地の悪さを感じてしまうんですよ。例えば、「こんな冴えない私が、なぜか王子様に愛されちゃって……」みたいなあらすじを見ると、自分の欲求を簡単に充足させられているような気持ちになってしまって。だからなのか、「こうなりたい!」と思われるようなシチュエーションを排除した結果、誰も共感できないような話に……というと、それはそれでどうなんだ(笑)。

“不穏な”五章の舞台、黒門市場

 でも、読み終わった後に、モヤモヤしてほしいというか、スッキリせずに心の中にとどめ置いてもらえるような話を書きたいと思うんです。本作は、わたしの小説の中では最も明るく、辛い目には合うけれども、最終的に明るい方向へ向かっていくので、安心して読んでもらえるのではないかと思います(笑)。

――「白・遠田潤子」、新たな遠田さんの魅力に気づいてもらえるのではないかと思います! ぜひご一読ください。

単行本
ミナミの春
遠田潤子

定価:1,980円(税込)発売日:2025年03月06日

電子書籍
ミナミの春
遠田潤子

発売日:2025年03月06日

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