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〈「あんぱん」放送中〉「今田美桜さんのクリッとした目がドキンちゃんそっくり」中園ミホ・梯久美子が語るやなせたかしの意外な“負の感情”

〈「あんぱん」放送中〉「今田美桜さんのクリッとした目がドキンちゃんそっくり」中園ミホ・梯久美子が語るやなせたかしの意外な“負の感情”

中園 ミホ,梯 久美子

中園ミホさん×梯久美子さん

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

 3月31日から放送を開始する連続テレビ小説「あんぱん」の脚本家の中園ミホさんとノンフィクション作家の梯久美子さん。20年来の交流があるふたりには、やなせたかしさんを通じた意外な共通点がありました。『週刊文春WOMAN2025春号』より、一部を編集の上、紹介いたします。

中園ミホさんと梯久美子さん

◆◆◆

怖いくらいに最高のキャストが揃う

 「あんぱん」が早く始まらないかなとずっと楽しみにしているんです。何といってもキャスティングがすごい。

中園 ドラマが始まるときって、どんなキャストがいいかって脚本家にも相談されるんです。それで毎回いろいろ候補を出すんですけど、今回は、怖いくらいに第一希望の方がどんどん決まっていきました。

連続テレビ小説「あんぱん」 3月31日(月)放送開始 NHK総合毎週月~土曜 午前8時ほか ©NHK

 やなせたかしの妻・小松暢(のぶ)さんをモデルとした朝田のぶ役が今田美桜さん。やなせさんを引っ張り導く、勝気な「ハチキンおのぶ」にぴったりだと思いました。やなせさんをモデルとした柳井嵩役を北村匠海さん。きれいで気が強く、夫の急死後、嵩を置いて再婚するお母さん役が松嶋菜々子さんというのもすごい。他にも二宮和也さん、竹野内豊さん、阿部サダヲさんと、主演級の俳優さんばかり。

中園 ほんと、こんなこと普通ありえないんですよ。あまりに希望通りだから脚本家としてプレッシャーに感じるくらい(笑)。

 今田さんも中園さんの推薦だったんですか?

中園 主役はオーディションで決まりました。私は前に「ドクターX」で今田さんを見ていて、彼女に決まったらいいなと思っていたんです。でもオーディションでそれを言うと贔屓しているみたいだから黙っていました。そしたら私以外のスタッフがみんな「今田さんがいい」という話になって、内心「やった!」と思いました。

ドキンちゃんによく似た今田美桜 ©NHK

 今田さんってドキンちゃんに似ていますよね。やなせ先生はドキンちゃんみたいにエネルギーにあふれた女の人が好きで、ドキンちゃんには暢さんのイメージをこめたと言われていますから。

中園 そうなんです! 今田さんのクリッとした目がドキンちゃんですよね。

やなせ先生役が少しイケメンすぎる?

 ちょっと気になるのがやなせ先生役の北村さん。少しイケメンすぎるかなと(笑)。

中園 そう思うじゃないですか。でも今回、初登場シーンを見たときに北村さんがびっくりするくらいやなせさんに似ていたんです。梯さんも実際のやなせさんに会ったことがあるから同じように思うはずです。あ、これはやなせさんだって、ちょっとゾクッとするくらい。

 

 3月31日、NHKの連続テレビ小説「あんぱん」がスタートする。国民的な人気を誇る「アンパンマン」を世に送り出した漫画家やなせたかしとその妻である小松暢をモデルにした同作の脚本を担当したのは、人気脚本家の中園ミホさん。「やまとなでしこ」「ハケンの品格」「ドクターX」など、現代を生きる女性たちを生き生きと描いてきた中園さんにとっては「花子とアン」以来、2作目の“朝ドラ”となる。

中園ミホさん

 一方、モデルのやなせたかしを師と仰ぐのが、彼がかつて編集長をつとめていた『詩とメルヘン』の編集者だったノンフィクション作家の梯久美子さん。『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』など、圧倒的な取材と繊細な描写で人間を描くノンフィクションの第一人者は、最新作『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』でやなせの生涯について綿密に綴っている。「好きな朝ドラは1日3回観る」と語る梯さんは、「あんぱん」の放送開始を本当に楽しみにしているようで……。

スタッフがみんな、ボロボロになるまで読んでいる

中園 脚本を書く前段階でNHKのスタッフとかなりの取材、リサーチをしたんです。でも今回『やなせたかしの生涯』を読ませてもらったら、知らないことがたくさんあって。もう付箋だらけになっています(笑)。脚本はすでに半分以上書いたんですけど、このあとの展開のなかでいくつか使いたいエピソードがあるんですけど……。

 遠慮なく使ってください。この本に書いたことはすべて事実ですし、根拠となる資料をお伝えすることも可能です。

『やなせたかしの生涯』

中園 本当ですか。この本を読んだことで改めてやなせさんの人生に厚みが出たというか、ドラマが見えてきたように思いました。梯さんの他の作品もそうですけど、かなり長い時間をかけて取材をして、その何分の一かを作品として発表しているという迫力を感じました。

 やなせ先生に関しては、2015年に『勇気の花がひらくとき やなせたかしとアンパンマンの物語』という子ども向けのノンフィクションを書いていて、そのときにずいぶん取材したので、今回はそれをベースにできた部分が大きいです。

中園 ドラマのスタッフがみんな、ボロボロになるまでその本を読んでいます。

 

脚本を書くにあたって、これまでと違うこと

 やなせ先生とは子どものころに文通していたそうですね。

中園 文通もしていたし、何度もお会いしている。いつかやなせさんのことを書きたいと思っていて、実は「花子とアン」のときにも提案していたんです。でもそのときは朝ドラの主役はやはり女性の方がいいと言う意見があって。

 でも今回はそれが通った。

中園 そうなんです。私が断られるのを覚悟でやなせさんの名前を出したら、プロデューサーが「ちょうどやなせさんのことが気になって本を読んでいたんです。やなせさんの人生を妻である暢さんを主人公に描いてみませんか」と本を出して。そこまで言われると断る理由がなくて(笑)。

梯久美子さん

 実在の、しかも自分の知っている人物を描くというのは難しいものですか?

中園 私が書く脚本ってほとんどモデルになる実在の人物がいるんです。そういう人に取材をしてそこから物語を膨らませていく。ただこれまでと違うのは、今回は誰もが知る人物を描いているから、こだわる部分が多いかな。現場から修正の依頼がくると、いつもはサッと直しちゃうんですけど、今回は「やなせさんはそういうことを言わない」と、頑張って抵抗しています。

やなせ先生の魅力

 具体的にはどういう部分ですか?

中園 よく言われるのは「たかし少年がウジウジしすぎる」(笑)。でもそこが変わってしまうとやなせさんじゃなくなる。

 そう思います。なんというか、マッチョじゃないところが先生の魅力なんですよね。もともと引っ込み思案で、両親と早くに別れたことから、寂しがりやの少年になった。それで本が好きになって、きれいな絵や詩に心ひかれて……。センチメンタルで、ちょっと気が弱いところはずっと変わらなかった。

やなせさんを演じる北村匠海 ©NHK

中園 まさに、そういうグズグズしているやなせさんが好きなんです(笑)。実はやなせさんは遅咲きで、54歳で刊行した絵本『あんぱんまん』は「自分の頭を食べさせるヒーローなんてグロテスクだ」と言われ当初ほとんど売れず、『それいけ! アンパンマン』のアニメがヒットして国民的作家になるのは69歳のころなんです。

 若いころは三越の宣伝部員として、今も残る「華ひらく」の包装紙のデザインに携わったり、30代で退社して独立後は舞台装置やシナリオ、アニメ映画のキャラクターデザインなどで「困ったときのやなせさん」と頼られるけれど、マンガ家としてはヒット作に恵まれなかった。

 

悲しいときでもユーモアを忘れない、やなせ先生らしさ。

中園 興味深いのは、やなせさんは嫉妬の感情をマンガ『無口なボオ氏』などの作品に正直に書いているんですよね。「漫画協会の旅行に自分だけ呼ばれなかった」とか、少し下の世代の天才である手塚治虫への嫉妬、そして頭もよく明るい性格だったけれど、海軍に志願し、若くして戦死してしまった弟・千尋への嫉妬とか。でも、そういう気持ちを表現するって、かえって男らしいなと強さを感じるんです。

自宅マンションに作った茶室で。やなせさん(写真左)と暢さん(写真右) 写真提供:やなせスタジオ

 やなせ先生の人生を追いかけていくとドラマの前半は悲しいことが多いから、ウジウジしたたかし少年ばかりが描かれることになるのでは?

中園 そこは朝ドラですから、そうならないようにしています。悲しいシーン、さみしいシーンで泣かせるのは簡単なんです。でもそれで終わるようにはしません。

 毎朝15分のなかで、ちゃんと元気にさせる。

中園 そのつもりで書いています。それにどんなに悲しいときでもユーモアを忘れないというのもやなせさんらしいかなと。

「正義が逆転する」ことを体験した世代

 今、社会的にいろいろな変化が一気に押し寄せていてなんとなく不安を感じている人も多いと思うんです。そういう時期だからこそ朝ドラは希望を持てるようなものであってほしい。

中園 やなせさんの世代って、戦争とその終結によって「正義が逆転する」ことを目の当たりにしたわけですよね。だから資料の少ない暢さんの戦中戦後を描くときには、あの当時の真面目でまっすぐな女の子がどう生きたのかを考えました。

 茨木のり子さんしかり、橋田壽賀子さんしかり、みんな軍国少女だったわけです。きっと気の弱いやなせ先生のお尻を生涯叩いていた暢さんの中にも、世の中がひっくり返るという体験が大きく影響していたんじゃないかと思いました。

やなせが慕った母は松嶋菜々子が演じる ©NHK

 正義の戦争だと信じていたのに、それが突然くつがえされた。他国へ攻め入ったことはたしかに過ちだけれど、戦友や弟は何のために死んだのかと、やなせ先生は終戦後に悩みぬきました。

 

アンパンマンが生まれた背景

中園 私が今回「あんぱん」でいちばん書きたいのがそこです。ドラマ全体を貫くテーマになっているんです。やなせさんがたどり着いた答えは、『やなせたかしの生涯』にあるように、「もし、ひっくり返らない正義がこの世にあるとすれば、それは、おなかがすいている人に食べ物を分けることではないだろうか」という究極の自己犠牲の行動でした。それがアンパンマンにもつながっていく。

©NHK

 アンパンマンが生まれた背景には、やなせ先生が「弟のように早くに亡くなった人の命がそれで終わりなのはひどすぎる。何か受け継がれるものがあるはず」と考えざるをえなかったことがあると思うんです。今回の取材で発見したのですが、弟の千尋さんの写真にやなせ先生が添えた文章に、千尋さんが「兄さんはきっと偉くなる人だ」と言ってくれたとありました。

 先生にとって弟は「一族の輝く星」で、コンプレックスを抱いたこともあったけれど、本当にかけがえのない大切な兄弟でした。アンパンマンの造形にも、千尋さんを見出すことができます。そんな風に、私はノンフィクションとして、先生の人生が完結した後の地点から、生涯全体を見渡す視点で書きました。一方、ドラマは同時代的に先生を描けるので、中園さんがどう描いてくださるか楽しみです。

女性の生き方の変化

中園 占い的には、今、100年単位の大きな変化の時期なんです。世の中の価値観がガラッと変わろうとしている。私も25年前は能天気なラブストーリー、シンデレラストーリーを書いていましたが、今はそういうのは通用しない。

 女性の生き方も大きく変わっている。

中園 「ハケンの品格」を書いたときに非正規雇用の女性たちと仲良くなって、今も時々食事をしたりするんです。明日がどうなるかわからない、いつ派遣先から契約を打ち切られるかわからない、そういう不安でたまらない日々を、暴動も起こさずに健気に生きている彼女たちに、この朝ドラを通して元気を与えられたらなと。

 私は会社員時代、どうしても嫌な上司がいて、「私はこんなことをするために生まれてきたんじゃない」とフリーの道を選んだ。当時は、時代が進めば女性がもっと活躍できる社会になっているはずだと、楽観的に考えていたんです。

 でも30年経って、現実はそうなっていないどころか、もっとひどくなっているのではと愕然とすることがあります。若い世代に対して、私になにかできることがあったのではないか。これからでもすべきことがあるのではないかと思うようになりました。

●「アンパンマンのマーチ」の歌詞が教えてくれること、『詩とメルヘン』編集部で梯さんが間近に接したやなせさんのダンディさ、20年前に雑誌の取材で会った中園さんが占いで的中させた梯さんのあるできごとなど、対談全文は『週刊文春WOMAN2025春号』および「週刊文春 電子版」でお読みいただけます。

文:川上康介 写真:釜谷洋史

かけはしくみこ/1961年熊本県生まれ。ノンフィクション作家。北海道大学文学部卒業後、『詩とメルヘン』編集者、編集プロダクション起業を経て、2005年『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で単行本デビュー。同書は第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

なかぞのみほ/1959年東京生まれ。脚本家。日本大学芸術学部放送学科卒業後、広告会社勤務。退社後占い師として活動後、88年「ニュータウン仮分署」で脚本家デビュー。代表作に「やまとなでしこ」(2000年)、「ドクターX」(2012年~)、「花子とアン」(2014年)など。

文春文庫
やなせたかしの生涯
アンパンマンとぼく
梯久美子

定価:770円(税込)発売日:2025年03月05日

電子書籍
やなせたかしの生涯
アンパンマンとぼく
梯久美子

発売日:2025年03月05日

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