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ある自動車が繋ぐ、個人と世界の物語…逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』

ある自動車が繋ぐ、個人と世界の物語…逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』

「オール讀物」編集部

第173回直木三十五賞、候補作家インタビュー #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

 2025年7月16日、都内にて第173回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・逢坂冬馬氏に候補作『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)について話を聞いた。(全6作の1作目/続きを読む

逢坂冬馬氏 ©古谷勝

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ある自動車が繋ぐ、個人と世界の物語

 ソ連の女性狙撃兵を描いた『同志少女よ、敵を撃て』で鮮烈なデビューを飾り、次作『歌われなかった海賊へ』では反ナチスの少年団を描いた逢坂さん。その最新刊は意外にも、日本の地方都市にある自動車工場で働く期間工・本田昴のSNSから始まる。

「三作目は、自分の作風が判断されるポイントになると意識しました。第二次世界大戦中のヨーロッパが舞台の小説が続きましたが、それはあくまでも題材です。題材を変えても通底して残るものが作風だと思うので、前二作とは離れた題材として現代日本を書くことは、早い段階で決めていました」

 昴が携わるのは「ブレイクショット」というSUVの製造ライン。程良い価格帯と車両性能と評されるこの自動車が、投資ファンド役員・霧山冬至、板金工場課長・後藤友彦、不動産会社営業マン・十村稔、果ては中央アフリカの少年兵達を繋いでいく。無関係なはずの個人の物語が連鎖して、やがて壮大な物語を織りなす構成が見事だ。

「題材を変えて何が作風として残るかは自分でも分かりませんでしたが、書き終えてみて“個人と世界の繋がり”が、変わらず僕の中にある主題だと感じました。歴史や戦争が一部の偉人だけの行動結果ではなく、必ず市民社会や一兵士が介在しているのと同じく、現代社会も個人の集合体に他なりません。その一翼を担うのが僕自身であり、読者の皆さん一人一人である、という感覚が根底にあります」

 霧山は会社のインサイダー取引で窮地に陥り、後藤は勤め先で工賃水増しの常態化を知る。一方、二人の息子である修悟と晴斗はサッカーチームでラフプレイを強要される。十村は不採算な投資用物件を売らされ、少年兵は子供を撃てと迫られる――。ルールを守れない状況に追い込まれた時にどう行動するか? 変奏されるのは大なり小なり、誰しも覚えのある葛藤だ。

「現代社会には多種多様な落とし穴があって、いつでも誰でも滑落する危険があります。でも罠の醜悪さを“現代の病理”として書くだけでは冷笑主義で終わってしまう。罠の向こうにあるもの、乗り越えた先の未来にまで目を向けてこそ物語の力を発揮できるんじゃないかと考えたんです。ここに書いた世界はもしかしたら美しすぎるのかもしれないけど、最初から傍観的な態度で臨んでいたら叶うわけもない。善とか理想とかを希求するものこそ、本当の物語の力ではないでしょうか」

 ブレイクショットとはビリヤードの第一打のこと。弾かれた球が次の球を動かすように、予測できない筋を追ううち、爽快なラストへと導かれる。


逢坂冬馬(あいさか・とうま)
1985年埼玉県生まれ。明治学院大学国際学部国際学科卒。2021年『同志少女よ、敵を撃て』でアガサ・クリスティー賞大賞を受賞しデビュー。同書は本屋大賞、高校生直木賞を受賞。他の著書に『歌われなかった海賊へ』『文学キョーダイ!!』(奈倉有里氏との共著)。

もし、若き二人が出会っていたら? 青柳碧人『乱歩と千畝』〉へ続く

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