本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
そこにある「異界」とともに生きる――河野通和(こうのみちかず)さんが紐解く、ほしおさなえ著『おかえり草(そう)--祓い師笹目とウツログサ2』(後編)

そこにある「異界」とともに生きる――河野通和(こうのみちかず)さんが紐解く、ほしおさなえ著『おかえり草(そう)--祓い師笹目とウツログサ2』(後編)

河野 通和

#河野通和(こうのみちかず)さんが紐解くウツログサという特異な世界

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

そこにある「異界」とともに生きる――ほしおさなえ著『おかえり草(そう)――祓い師笹目とウツログサ2』を読む【前編】〉から続く

 今の時代を色濃く映すリアルさを持ち合わせると同時に、ファンタジックで不思議な小説集『おかえり草 祓い師笹目とウツログサ2』が刊行された。ほしおさなえさんが描くこの物語は、ウツログサ・シリーズ2作目。多くの読者を惹きつけてやまない物語独特の魅力について、元「ほぼ日の學校」の學校長であり、『考える人』『婦人公論』『中央公論』の編集長だった河野通和さんが前編に引き続き、紹介する。

『おかえり草 祓い師笹目とウツログサ2』のカバー絵で、団地の方に目を向けているグレーのパーカーの男が、祓い師の笹目。

◆◆◆

植物の妖怪“ウツログサ″に囚われた宿主たち

 ウツログサの5篇の物語が収められています。

 ・「オカエリソウ」――「じいちゃんにあの光る草を見せよう」と、病気の祖父のために、塾の帰り道で見たウツログサを探す男の子。

 ・「サザナミモ」――東日本大震災で、福島の夫の実家が被災し、家は津波で流され、兄一家は亡くなり母親は行方不明。夫の父親がひとり残されます。郷里と東京を往復する夫は疲労の極みに達します。疲れて眠りこんだ夫の肩に、妻は海の匂いのする水滴を見つけます……。さざなみにも似た海藻みたいなサザナミモ。

 ・「シンキロウゴケ」――大叔母の遺体の手の甲に見えた「白い山なみ」が、気づくと自分の手の甲に引っ越してきて、もう30年近くになるという女性。いまではそのことにすっかり慣れ、愛着までも感じています。

 ・「マドロミソウ」――起きていられない。眠たくてたまらない。まどろみの世界に入り込むと、“思い出せない大事な何か”を探し出そうとしている俺が、決まって夢に現れる。

©moonmoon/イメージマート

 ・「フタツカゲ」――生まれてからずっと私には二つの影がある。私の動きをなぞる影と、他人の目には見えないもう一つの影――。独立した生きもののように、私の動きとは無関係に、元気に活発に動きまわる。この二つの影を宿す女性の夫は、ある時、こんな述懐を洩らします。

「このあたりも丘陵地帯だから、むかしは動物がたくさん住んでいたんだろうな、タヌキとかキツネとかウサギとかね。/でもニュータウンを作ったとき、みんないなくなってしまったんだ。昭和はおかしな時代だったんだよな。人間の理屈で世界を変えていいとみんな思いこんでいた。/(戦争で焼け野原になって、なにかを取り戻そうとみんな必死だった。山を開き、道を作り、町を作り、人がどんどん増えていった。)/わたしたちの世代が日本の風景を変えてしまった。いや、日本だけじゃないし、昭和にもかぎらないか。人間は人間のことしか考えない。機械を作る仕事をしていたわたしも同罪なんだけどね。/それがすばらしいことだと思ってたんだ。傲慢なことだよ。人生が終わるころになって、ようやくそういうことがわかるようになった」

 夫は、さらにこう呟きます。

「植物は強いよな。/まわりがどんな世界になっても増えようとする。アスファルトの小さな隙間にも、雨樋にたまった土にも根をおろす。人間だらけの世界でも、迷わず生きようとする。まあ、生き物はなんでもそういうものなのかもしれないけど」

©nanako/イメージマート

「未来に向かって私たちはどう生きるべきか」

 本書は、一見すると妖怪もの、怪異譚の体裁を取っていますが、根底にあるのは「未来に向かって私たちはどう生きるべきか」という倫理的な問いかけのように思います。ウツログサは普通の人間の目には見えない、でもたしかに存在している植物の妖怪みたいなものですが、この「異質なもの=非人間」は、日本人の集合的な無意識や、より大きな自然界の「いのち」の連環を象徴するものとして描かれています。

 そして各物語の終盤に、祓い師として登場する笹目という男は、年齢不詳ですが意外に若く、団地の庭園にグレーのパーカー姿で現れます。ウツログサに取りつかれた宿主たちを驚かせないように、控えめな語り口で話に耳を傾けます。

 ウツログサと戦い、強引に駆除する仕事人としてではなく、「自分たちもウツログサのすべてを把握しているわけじゃない。わからないことばかり」と言って、この霊的存在、あるいはそれに憑かれた宿主に寄り添って、対話しながらどう折り合いをつけるのか、共生の道を探り当てようと努めます。もののけと争う陰陽師とは対照的に、むしろケアラーのような役まわりを演じます。

©kinpouge/イメージマート

この物語が秘める私たち現代人の内面

 物語に登場する人物たちは、それぞれに心の傷や喪失感を抱えています。現代人の孤独な内面の映しであると言えるでしょう。ウツログサもいわゆる妖怪とは異なって、自分からは動きません。植物とか菌類に似て、ただ生えて、増えるだけ。人に危害を及ぼすものというより、人の理(ことわり)の外でその「いのち」をまっとうするために人に宿るものとして現れます。人の心や欲望と結びつきやすく、ときに人が見たいものを見せる。けれど人の心を理解しているわけではない。ウツログサには心も知性もない。それっぽく見えるだけで、ほんとうは人が自分の思いを投影しているだけなのかもしれない。

 けれども、両者の生が交錯するところに、私たちが見失っていた魂のありかがほの見える気がします。おそらく著者がこの作品を書きたいと思った動機には、それにつながる著者自身の体験やいまの時代状況に対する応答があるように思えます。

「わからないことばかり」と言いながら、ウツログサに向き合って「いのち」の不思議、この世のなりたちを探求している笹目には、何かしら大きなミッションが託されているようにも思えます。彼の人間・非人間を見る謙抑な姿勢には、未来をひらく希望を感じなくもありません。

 思えば、言葉というのも植物由来です。著者の紡ぐ言の葉が、読者の心に酸素を届け、人間と自然、意識と無意識、生者と死者、そして過去の記憶と現在・未来をつないでくれます。今後の物語の展開をさらに楽しみにしたいと思います。

文春文庫
おかえり草
祓い師笹目とウツログサ2
ほしおさなえ

定価:803円(税込)発売日:2025年06月04日

電子書籍
おかえり草
祓い師笹目とウツログサ2
ほしおさなえ

発売日:2025年06月04日

文春文庫
祓い師笹目とウツログサ
ほしおさなえ

定価:770円(税込)発売日:2024年06月05日

電子書籍
祓い師笹目とウツログサ
ほしおさなえ

発売日:2024年06月05日

プレゼント
  • 『酒亭 DARKNESS』恩田陸・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募締切 2025/08/02 00:00 まで
    賞品 『酒亭 DARKNESS』恩田陸・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

提携メディア

ページの先頭へ戻る