
- 2025.07.29
- 書評
そこにある「異界」とともに生きる――河野通和(こうのみちかず)さんが紐解く、ほしおさなえ著『おかえり草(そう)--祓い師笹目とウツログサ2』(前編)
河野 通和
#河野通和(こうのみちかず)さんが紐解くウツログサという特異な世界
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
今の時代を色濃く映すリアルさを持ち合わせると同時に、ファンタジックで不思議な小説集『おかえり草 祓い師笹目とウツログサ2』が刊行された。ほしおさなえさんが描くこの物語は、ウツログサ・シリーズ2作目。多くの読者を惹きつけてやまない物語独特の魅力について、元「ほぼ日の學校」の學校長であり、『考える人』『婦人公論』『中央公論』の編集長だった河野通和さんが紹介する。

◆◆◆
舞台はレトロな古い団地
本との出会いには、不思議な縁を感じることがしばしばですが、ほしおさなえさんの『おかえり草――祓い師笹目とウツログサ2』も、そうした一冊の典型でした。たまたま手に取って一気に引き込まれ、気がつくとこうして作品の紹介をする運びになったのです。
文庫オリジナルの第2作。舞台は「ひかり台」という横浜のニュータウン、1960年代にできた初期の団地です。学校、スーパーマーケット、病院などは揃っていますが、いまどきの賑やかなショッピングセンターやシネコンつきの商業施設などはありません。ファミレスや外食向きの飲食店もあまりなく、全体に静かでひっそりしています。
丘陵地帯にあるので起伏に富んでいて、高台からは海が見えます。梅で有名な庭園があり、梅の季節には梅まつりというイベントが開催されて賑わいます。庭園の裏手には小山があり、のぼれば富士山がよく見えます。
この少しレトロな昭和の団地に、人知れず起きていた不思議な物語が綴られます。そして登場人物たちを「異界」へと導いているのが、ウツログサという植物の妖怪(みたいなもの)なのです。
ウツログサにはいろいろな種類があって、場所につくもの、人につくもの、ただふわふわと漂っているものなど、形態もさまざまで、「祓(はら)い師」というプロからすると、「どこにでもいるありふれたもの」だというのです。
祓い師とは、人についたウツログサのなかで繁殖して害をなすものを祓うのが生業(なりわい)で、数は多くないが、全国各地にいるそうです。それぞれに縄張りのようなものがあり、笹目はひかり台に住んで、このあたり一帯を取り仕切っています。

25年前の山本夏彦さんの驚くべき言葉
ここで少し脇道に逸れることをお許しください。
いまから25年前、すなわち時代が21世紀に入ろうとする2000年春に、黒柳徹子さんと、山本夏彦さんという当代の人気コラムニストとの対談を私が編集長をする雑誌『婦人公論』(2000年5月22日号)で行なったことがあります。山本さんはその直前、『文藝春秋』本誌(2000年3月特別号)で作家の群ようこさんと、「それでも二十一世紀は来ない」という対談をしておられ、「私の目の黒いうちは(二十一世紀は)来ません」「いくら来たって来ないと言うんです」という持論を展開されていました。黒柳さんはそれをふまえて、こうお尋ねになりました。
黒柳 生まれかわるというのは、どう思っていらっしゃいますか?
山本 生まれかわりたくない。ぜひにとおっしゃるんなら、植物です(笑)。突っ立ってるの。人のいちばん悪いのは移動すること、むさぼること、蓄えること。動くのがいちばんいけない。あなたも「日本植物党」にお入んなさい。
聞いていた私は、驚愕しました。二十一世紀は間もなく確実に来るわけだし、「いくら来たって来ない」とは!? さらに、生まれかわれるなら植物です!? えッ、えッー‼
黒柳さんも「動かずにずーっとただ立ってるなんて、私には無理だと思います」と応じます。
ともかく、植物を自分の「いのち」につながる相手として考えたことなどありませんでした。まったくの想定外でした。

なぜ、この話をいま突然思い出したかというと、ウツログサが植物の妖怪だからです。山本さんもお亡くなりになって久しいのですが、このウツログサの登場には、あの時の山本さんの口ぶりとどこか響き合うものが感じられます。
二十一世紀になって、ほぼ四半世紀が経ちました。「人間、こんな邪悪な存在はありません」「いまは年貢の納めどきなんですよ」と言っていた山本さんの言葉を裏書きするように、地球規模の環境破壊、気候変動の勢いは止まりません。未曽有の災害に見舞われたり、新型コロナウイルスの世界規模での流行などが発生し、世界各地で繰り返される戦争・紛争は絶えません。
二十世紀は続いていて、「動く、むさぼる、蓄える」人間がつくりだす文明の危機や自然の災厄は深刻さを増すばかりです。テクノロジーの発達は便利で快適な生活をもたらす一方で、私たちをよるべなき不安へと連れ出します。
そんな時、ふと忍び寄ってきたのが本書をいろどるウツログサたちです。「生まれかわるなら植物です」と宣言していた山本さんの言葉がよみがえります。植物の妖怪みたいな不思議な存在が、ふかい太古の記憶の闇からこの現世に何かの因果で現れたように思えるのです。
〈そこにある「異界」とともに生きる――ほしおさなえ著『おかえり草(そう)――祓い師笹目とウツログサ2』を読む【後編】〉へ続く
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そこにある「異界」とともに生きる――河野通和(こうのみちかず)さんが紐解く、ほしおさなえ著『おかえり草(そう)--祓い師笹目とウツログサ2』(後編)
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