お酒好きで知られる恩田陸さんが、全国各地の居酒屋からインスパイアされ執筆したホラー短篇を収めた『酒亭DARKNESS』が刊行されました。いち早く読んで書評を寄せてくださったのは、名著『居酒屋百名山』などで知られる太田和彦さん。「居酒屋の達人」が語る、この作品の魅力とは?
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『酒亭DARKNESS』なる不穏なタイトルで14の短編が載る。
第1話「跡継ぎの条件」は、煮込みが名物という大森のコの字酒場が舞台で、あの店かなと想像しながら読み進む。2話「夜のお告げ」は〈K内、N毛、M橋商店街〉の地名表記がハードボイルドタッチでカッコよく場所がわかり、全国どこにもあるスナック店名は「来夢来人」の指摘もその通り。4話「風を除ける」の代田橋は明大前駅に近い沖繩街を端緒にした沖繩紀行で「石敢當」など思い出すこと多し。

以降ここはあそこのことかと謎解きする読み方になり、5話「黒の欠片」は私の故郷・松本が舞台で、さあどう書いたとひざを乗り出す。
松本城天守閣の〈二十六夜神〉はその通り。老舗居酒屋の〈新鮮な黒レバー〉はあの店の馬肉レバ刺だろう。鮮度第一ゆえ無い日もあり、あって良かったなとよけいなお世話。女鳥羽川沿いのコーヒー店で〈高校時代に美術部で一緒だったKと出合う〉に至って仰天。私は松本深志高校の美術部にいてその店もよく入った。〈当時の部員で美術方面に進んだのはKだけ……〉とは私(和彦)のことではないか!? しかしKは女性とある。黒い木炭で毎日デッサン〈そこには色が存在するんだ〉は、わが美術部先輩も言っていた。
各地に足を運び飲んで食べ、そこで想像を巡らせたシリーズとわかり、腰を据えなおしてじっくり読み進む。

富山・高岡は確かに不安定な気象で昼雨が降った。新潟・古町では芸妓さんの店でよく飲む。私の母の故郷長崎の2篇は、黒猫が案内する町の描写に愛情があってうれしい。栃木・日光の家康墓所については同じダークサイド感を抱いた。兵庫・明石、白鷺城の迷宮も納得で、知っている所の描写はやはり面白い。明石商店街の店は、私が日本一の立ち飲みと断ずるあそこに違いない。編集者(かな?)と樽をはさんで飲んだのですね。明石タコの天ぷらは食べましたか。大阪・新世界/曽根崎は、大好きなビリケン登場、「曽根崎心中」お初天神で〈恋人の聖地〉論議に発展する。
そして真打ち登場と快哉した東京・湯島は、もちろん東京一のあの居酒屋で、湯島天神に手を合わすのもお約束。名物きつねラクレットもお召し上がりに。この主人公、おいらのしていることと同じだ。
エピローグのJR九州豪華列車・ななつ星以外、すべての舞台を知っていた深読みをおおいに楽しみ、あらためて作家は盃を手にただ飲んでるだけではないんだなと思い至る。各地酒場の旅情を入れながら、人情話(その要素もあるが)ではない夢幻怪異譚にもってゆくところがしゃれてるなーと。
続編期待。どこでもご案内したいです。

太田和彦(おおた・かずひこ)
1946年生まれ。アートディレクター、作家。居酒屋評論家としても知られ、『居酒屋百名山』『日本居酒屋遺産』など著書多数。テレビBS11局・日曜夜9時~「新・居酒屋百選」ロングラン出演中。