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〈現実の世界〉が揺らぐ瞬間。あなたがおかしいのか、世界がおかしいのか?

〈現実の世界〉が揺らぐ瞬間。あなたがおかしいのか、世界がおかしいのか?

小池 壮彦,梨,三津田 信三

『幽霊物件案内』刊行記念 小池壮彦×梨×三津田信三 座談会 #3

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #ノンフィクション

2000年代以降、ネット上で成長を続けたホラーワールド。その担い手たちは?〉から続く

 2000年に刊行された小池壮彦著『幽霊物件案内』が25年振りに文春文庫から復活刊行された。小池さんと、同書の単行本時の担当編集者であり、今ではホラー&ミステリの屈指の書き手として知られる三津田信三さん、小説だけでなく映像やイベントも積極的に仕掛ける新鋭・梨さんが、現在進行中の空前のホラーブームを語る。(全3回の3回目/最初から読む

◆◆◆

消えた教科書の不思議

小池:梨さんはなにかそういう心霊体験的なものはありますか?

:それがですね、私が知らず知らずのうちに現実の体験だと思ってるけど、じつはっていうのはあるのかもしれないんですけど、自分が自認してる体験っていまのところないんですよ。

小池:三津田さんはどうですか?

三津田信三さん

三津田:別に心霊系ではありませんが、不思議な体験はあって、エッセイにも書きました。小学校3年か4年の授業参観で、僕は一番後ろの席でした。国語の授業で教科書を出して待っていたら、先生が入ってきて「いったん教科書をしまいましょう」と言うので机の下の物入れにしまったんです。それから先生が父兄にむけて少し話をして、「じゃあ授業を始めましょう」となったので、机の中から教科書を出そうとしたらないんです。机の物入れって、ただの箱というか穴でしょ。ほかの教科書やノートも入っているけど、国語の教科書だけ見つからない。念のため鞄の中も捜したけどない。

 それだけだったら僕の勘違いで、国語の教科書を持ってきたつもりが、実は別の教科書だった可能性もある。ところが、後ろに並んでいた友達のお母さんが、僕が国語の教科書をしまうのを見ていたんですね。一緒に捜してくれたけど、やっぱりない。完全に消えたんですよ。これは相当に不思議で、まあ一種の密室ですよね(笑)。

司会:結局、その教科書は出てきたんですか?

三津田:いえ、ついに出てきませんでした。家に帰ってからも捜したけど、もちろんない。本当に四次元です。エッセイにも書きましたけど、これがある日、大人になって、家の机の引き出しから現れたら怖いですよね(笑)。

小池:それなんですよ。みんな勘違いと思ってそのまま忘れちゃったり、気にしなかったりで済ませちゃうけど、本当に変なことが起きてるんじゃないかって考えてみるのも一興ですよ。この世の中って、仕組みそのものがけっこうインチキですから。

「現実の世界」が揺らぐ瞬間

小池:私も、自分の家があった場所が50年後にまた元の景色に戻ってるのを見た時に、歳月が流れたという感覚よりも、もともと更地のままだったんじゃないかという感覚の方がリアリティがあったんです。三津田さんの教科書がなにかの拍子に現実に現れたりしたら、きっと同じように時空の狂いを感じると思うんです。だから私は、この世の中って我々の気がつかないところで、意識の上で適当な辻褄合わせがおこなわれているだけじゃないかと思うことがあるんですよね。

三津田:そういう実感を本に書こうとは思わないんですか?

小池:どういうふうに書けばいいのか、難しいですよね。

三津田:事例を集めて書くしかないですか。

小池:『幽霊物件案内』も、ある意味で事例集ですが、やっぱり少し時間が経ってからでないと生々しすぎる。あの本の中で、例えば病院の話とか、ああいったバカバカしい話のようでも、一応本当のことなんですよ。

©AFLO

三津田:あのドロップの話とか、妙に気持ちが悪い。下手をしたらギャグになるような話なんですけど、やっぱり気持ち悪い。

小池:なんとか無事にあの病院を抜け出したんですけど、抜け出してなかったらやばかった。

三津田:そうですね。それが伝わってきますからね、やっぱり。

小池:まだ傷が残ってるんですけど、腕を複雑骨折したんですね。それで、そのデンマさんていう人がドロップをくれる病院に入って手術することになってたんですけど、その病院で一番腕がいいと言われてる医者が手術できないという判断で、そのままギプスで固めることになったんです。そのためには骨をきちんと組み立てないと変な風に固まっちゃうのに、それを承知で組み立てないまま固めようとしたので逃げ出しました。

三津田:よく逃げ出せましたね(笑)。

小池:別の病院のお医者さんが、1つ1つ組み立てて直してくれたんです。

三津田:やっぱりドロップを食べなかったのが良かったんですよ(笑)。もし食べていたら、きっと病院から出られなかったでしょう。

小説からイベント、美術展まで広がるホラーワールド

司会:みなさんの今後のお仕事の予定を教えていただけますか。

三津田:9月に連作怪奇短編集『妖怪怪談』が光文社から出ます。雑誌連載中は「妖 怪 談」というタイトルで、文字の間を半角開けることで「妖しい怪談とも読めるし、妖怪の談とも読める」という仕掛けだったのですが、経験上タイトルに半角アキとか入れると、後々ややこしい事態を招きかねないので、あえてベタに『妖怪怪談』としました(笑)。

司会:梨さんはイベントも含め面白そうなご予定がたくさんあるみたいですね。

: そうなんです。今年の夏は3つ4つ大きなものがあって。一つは7月18日(金)から渋谷で始まった「恐怖心展」。昨年東京で、その後、名古屋、いままさに大阪でも巡回展をやっている「行方不明展」の後継企画なんですが、およそ50種類のフォビア(恐怖症)を集めて展示してます。

三津田:へえ、恐怖症を展示で見せるんですか。

:よく知られているものだと高所恐怖症とか先端恐怖症とか、みなさん何かしら怖いものってあると思うんです。そういうものを展示で、たとえば壁からハサミとか鉛筆とか、あらゆる“先端”が突き出てるコーナーがあったり、実際に見て、感じてもらう仕様になってます。

司会:その展示のコアな部分を小説でもお書きになったとか?

:結局、その人が何に恐怖を感じるのか? というのは、もっとも根源的な、その人のアイデンティティといってもいいものなんじゃないかなと。そのことを深掘りしたときに見えてくるものについて、どうしても小説で表現してみたいなと思って「恐怖症店」という短篇を書きました。

『恐怖症店』梨
「恐怖症店」を収録したアンソロジー『令和最恐ホラーセレクション クラガリ』(背筋、澤村伊智、梨、コウイチ、はやせやすひろ×クダマツヒロシ、栗原ちひろ著)も文春文庫より発売中

小池:いまちょっと拝読したんですが、店主と呼ばれるひとりの女が、様々な時代や場所に現れて、人間に恐怖症を売るわけですね。僕はこれ、すごく面白いと思いました。落ち着いたこのテイスト自体も魅力的ですが、いまおっしゃった展示会と根っこが一緒っていう、そういうひねりっていうんですかね。そういうのすごく面白いと思います。

:ありがとうございます。私もこの小説はうまくいったんじゃないかなと。我ながら手応えがあったというか。

「ほんとうにヤバい話を書きたい」

:他には大阪・関西万博に絡んで、「Study:大阪関西国際芸術祭 2025」という芸術祭があるんですが、これ、プログラムがたくさんあって、私はその中の「思弁的な音楽/物語派」展でアート作品を公開予定です。ボカロPのみなさんと一緒にやるインスタレーション展示ですね。ルクア大阪で、9月13日から1カ月間。

三津田:幅広いなあ(笑)。梨さんはプランナーとか、そういう肩書きもあるんですか?

:いえいえ(笑)。どんな企画でも私の仕事はライティングですし、あとやっぱり小説書いてるときが一番楽しいんですよ。

三津田:嬉しいことをおっしゃいます。やっぱり僕は、梨さんにはたくさん小説を書いてほしい。

司会:小池さんはいかがでしょう?

三津田:小池さんの次は、やっぱり『幽霊物件案内2』の文庫化でしょう。僕も以前、『幽霊物件案内』の1と2を合本にして出し直したくて、企画を立てたことがありましたが実現しませんでした。

小池:『幽霊物件案内2』の関連で言うと、実は2010年代に、とある幽霊物件を借りたんです。動画の配信もやったんですが、結局差し障りがあったので、適当なところで撤収しました。以後タブーみたいになってそのままですが、そういう話を特典にできるかもしれませんね。

三津田:やりたいテーマとかありますか。前に四谷怪談の話をなさってましたけど?

小池:四谷怪談はもうやり残したことはないので、どちらかというと、自分の人生の中から飛び出してきたようなものを書いていくっていうことはやるんだろうと思います。本当にヤバい話って、表には出ないですからね。関係者がいなくなって埋もれたままの話とか、もう生き証人が私しかいない話なんかをやっておこうかなと思うことはあります。墓場まで持っていっちゃうのもなんですから。

小池壮彦(こいけ・たけひこ)
1963年、東京都生まれ。國學院大學文学部卒業。作家・ルポライター・怪談史研究家。フィールドワークと文献調査により、幽霊・心霊事件の社会的背景を研究する。90年代半ばから『東京近郊怪奇スポット』『心霊ウワサの現場』『幽霊は足あとを残す』『心霊写真 不思議をめぐる事件史』『心霊ドキュメンタリー読本』『東京 記憶の散歩地図』『怪談 FINAL EDITION』など多数の著作を発表。怪奇探偵としてテレビ番組にも出演する。近刊として『日本の幽霊事件』と『東京の幽霊事件』の合本、『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』 が角川ホラー文庫で文庫化された。

 

梨(なし)
インターネットを中心に活動するホラー作家。2022年、『かわいそ笑』で書籍デビュー。「その怪文書を読みましたか」「行方不明展」「恐怖心展」等展覧会の企画から、イベント・テレビ番組「祓除」構成、映像作品「マルクト情報テレビ」 「マルクト ~あなた、誰ですか?~」原案・監修、漫画『コワい話は≠くだけで。』原作など、多方面で活躍。他の著書に『ここにひとつの□がある』『お前の死因にとびきりの恐怖を』『自由慄』『6』や、『つねにすでに』(株式会社闇との共著)、謎解きゲーム集『5分間リアル脱出ゲーム おしまい』(SCRAPとの共著)などがある。25年8月刊『令和最恐ホラーセレクション  クラガリ』(文春文庫)に「恐怖症店」が収録されている。

 

三津田信三(みつだ・しんぞう)
2001年『ホラー作家の棲む家』(文庫化に際し『忌館 ホラー作家の棲む家』と改題)でデビュー。10年『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞受賞。ホラーとミステリーを融合させた作風により、各ミステリーランキングで常に注目を集めている。『山魔の如き嗤うもの』で2009年版「本格ミステリ・ベスト10」第1位、また2017年版では同ランキングの20周年企画で『首無の如き祟るもの』が20年間のベストに選出された。『幽女の如き怨むもの』で2013年版「ミステリが読みたい!」第1位獲得。〈刀城言耶〉シリーズや〈死相学探偵〉シリーズ、〈物理波矢多〉シリーズなど多数。『のぞきめ』は2016年に映画化された。

文春文庫
幽霊物件案内
小池壮彦

定価:869円(税込)発売日:2025年06月04日

電子書籍
幽霊物件案内
小池壮彦

発売日:2025年06月04日

文春文庫
令和最恐ホラーセレクション クラガリ
背筋 澤村伊智 梨 コウイチ はやせやすひろ✕クダマツヒロシ 栗原ちひろ

定価:770円(税込)発売日:2025年08月05日

電子書籍
令和最恐ホラーセレクション クラガリ
背筋 澤村伊智 梨 コウイチ はやせやすひろ✕クダマツヒロシ 栗原ちひろ

発売日:2025年08月05日

電子書籍
恐怖症店

発売日:2025年07月04日

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