連作短編集『喫茶ガクブチ 思い出買い取ります』著者の柊サナカさんと、小説執筆のきっかけとなった額装を手掛けるギャラリー「Roonee 247 fine arts」(ルーニィ247ファインアーツ)の杉守加奈子さんが語る、額縁のこと、小説誕生の秘話、奥深い額装の世界。
◆ ◆ ◆
柊 この本は「ルーニィ」さんのおかげで出来ました。
杉守 地味な仕事にスポットを当てて下さり、ありがとうございます。自分たちが地道にやってきたことが、こんな素敵な小説になるなんて、びっくりしました。
柊 私は写真が趣味なのですが、初めてグループ展で展示をすることになったとき、「額装してきてください」といきなり言われて、え、一体どうすればいいの……と。最初大きな額装店に行ったら、何人も並んでいて、「マット(厚紙の台紙)は白、額縁はこれで」「分かりました。はい次の方!」と言う感じで。どこもこういうものなのかな、と思ったんです。
そうしたらグループ展の知り合いで、毎回とてもおしゃれな額装をしている方がいて、初めて「ルーニィ」さんのことを知りました。それ以来、額装の機会があるとまずここに来ますが、毎回加奈子さんの面白いお話を聞けるので、いつか小説にしたいなと思っていたんです。

〈STORY〉
「いらっしゃいませ。喫茶ガクブチへようこそ!」東京・高円寺、美咲真日留の元気な掛け声に吸い寄せられて入ったカフェは、壁が大小様々な額で覆われていた。中には靴紐や映画の半券、玩具など‟思い出の品“らしきものが……。兄の美咲伸也によって丁寧に額装され生まれ変わった品が、疲れた体と心を癒し、いつしか新たな出会いに繋がっていく。心温まる連作集。
杉守 いろいろな出来事が重なって、たまたまこの仕事を始めることになったんですが、額装の指南書のようなものって、昔もいまも特にないんですね。でも、とにかくいろいろなものが持ち込まれる。ユニフォームやお皿とか。
柊 お皿!?
杉守 綺麗な絵付けのお皿で、使えないから飾りたい、ということで、糸を使ってみたり。
難しかったのは、エルメスのスカーフを、「使いたいときに使えるように額装してほしい」という依頼。日本全国の布を裏打ちできる職人さんを探して電話をかけまくりました。
新潟に一人、洗濯の糊で和紙に貼って、剝がすことができる裏打ちをするおじいさんを見つけお願いすることができて、何とか完成させました。
柊 小説にもちょっとだけ登場していますが、鯉のぼりも額装されたんですよね。
杉守 はい。息子さんが成人してもう上げなくなった鯉のぼりを残せないだろうか、という相談がありました。とても立派で大きなものだったので、まずは切り身にして(笑)送ってもらい、手洗いで洗濯するところから、始まりました。このときも新潟のおじいさんの力をお借りしましたね。吹き流しや「うろこ」の部分など、3点ほど額装しました。
柊 こういうことがなければ、鯉のぼりはずっと物置に仕舞われたままだったけれど、これで毎日壁で会えますね。
家に大切な思い出の品があるけれど、捨てられないしそのまま飾ることもできないで困っている人、多いと思うんです。こういう形で新しく命を吹き込むことが出来るって、素敵ですよね。

突然はじまった、リアル額縁相談会
杉守 お客さんが額装したいものを持ち込まれたとき、私はすごくしつこくいろいろ聞くんです(笑)。ただ言われたままに額装していいんだろうか、大切なものであれば尚更、その背景をもっと知りたい、という思いがあって。
柊 私がオーダーで作ってもらったときも、光はどう入るのか、どこにどう飾るのか、詳しく聞いてもらったのが新鮮でしたね。何が合うかなと話しながら、いろいろな種類の額縁を被せていって、「あ、これだ!」となる瞬間とか、すごく楽しい。
写真をアルバムに貼ると日常的には見られないけれど、額装して壁に飾ると、毎日そこを通るたびに「やあ!」って気分になるし、額装したときにお話ししたことを思い出します。
杉守 報われます(笑)。例えば、同じ種類の額の場合、4辺を色違いで組み立てることもできるんです。以前4人のアイドルグループの写真を、メンバーのイメージカラーに合わせて、4色使って組み立てたときは、とても喜んでもらえました。カラフルで楽しいですよ。
柊 今日、実は写真を持ってきまして……。昭和の雰囲気が残る昔のままの駅で撮りました。このレトロな感じがとても気に入っているので、額装もそのイメージで。
杉守 え、ちょっと手袋を持ってきます!(白い手袋をはめて)なんだか緊張します……。
(写真を見ながら)トンネルの奥や、ミラーのなかにいろいろ写りこんでいるところが面白いですね。
(額縁のサンプルのなかから)この写真のブルーのクラシカルなところが気になったので、たとえばこの青い額で、内側に金の縁が入ったものはどうでしょう。
あと鏡のイメージつながりで、この銀色の細身の額で、縁が紺色っぽい黒のものも、金属の感じが合いますよね。
柊 あ、いいですね。このメタリックな感じ!
杉守 マットは、レトロな雰囲気にはアイボリーがかった色が合いますね。写真のなかに写り込んでいるものに合わせて、マットを2色重ねてダブルマットにするのも面白いかも。こうやって十二単みたいに色を重ねて、連想ゲームをしていくんです。トリプルにもできますよ。
それから額の間やマットの縁につけるフィレというアクセサリーがあって、それを付けると写真にリズムが出てくるんです。錆びた感じを出すには……あ、このプツプツしたブルーのフィレとか面白いかな。
柊 わー、素敵です‼ 額装の仕方によって、写真の雰囲気がまったく変わりますね。急に写真を出して、ぶっつけ本番でお願いをしちゃって、すみません(笑)。でも素人だと絶対に思いつかないようなアイデアを、加奈子さんが次々と提案してくださるのが、本当にすごい。額装の技術がある方の強みですね。
杉守 何が来ても応えられるようにするのが、私の仕事だと思っています(笑)。
毎年春秋に額縁のコレクションが発表されて、世界中の新作を見られますし、定番でずっと変わらないものもあります。オーダーメイドというとすごく高いんじゃないかと心配する方もいますが、幅広く揃えているので、ぜひお気軽に相談してほしいですね。

『喫茶ガクブチ』第1話に登場したあの額が登場⁉
柊 「ルーニィ」さんで、丸い穴からいろいろな空の写真が見える額装を見てお話を聞いたとき、絶対にこれを小説に書きたいと思って、加奈子さんに頼みこみましたね。第一話「旅の空と今日の空」に登場しました。
杉守 小説になるの⁉ ってびっくりしました。これ、全部私が旅先で撮った空の写真なんです。裏側は初めてお見せしますが……パリ、広島県の鞆(とも)の浦、これはミラノ、あとフィレンツェ。空ってつながっているのに、こんなに色が違うんですよね。
柊 これがなかったら、この物語は誕生していませんでした。主人公の美咲兄妹がはじめたカフェはお茶の専門店ですが、これは前に「ルーニィ」さんの近くにあったお店をモデルにしたんですよ。光がきれいに入るお店で、行くといつもお茶を試飲させてくれました。
杉守 私は立体的なものでは、ミニカーを額装したことがありますが、第4話「婚活UFO」に出てくるブリキのUFO、自分だったらとどう額装するかなと考えながら読みました。背景はミッドナイトブルーという色のビロードのマットにしようかな、とか。
柊 私はまだ立体物をお願いしたことはないので、今度何かいいものがあれば持ってこよう(笑)。指輪とかアクセサリーも可愛いですよね。
杉守 額装という、誰もが知っているわけではない世界を書いてくださって、うれしかったです。ちゃんと伝わっている、と思いました。
ギャラリーに来る方って、みなさんいろいろな思いを持っていらっしゃる。額装で、みんなが幸せな気持ちになるといいなあと、いつも思っています。
柊 なくても生きていけるけれど、あると嬉しい。これまで額装に縁のなかった人にも知ってほしい。この小説にその思いを込めました。今日はありがとうございました。
杉守 実はお集りいただいた皆さんに、おめざを用意しました。近所の和菓子屋「亀屋大和」さんの夏期限定クリームチーズ入りどら焼きです。キャラメリゼはされていませんが(笑)。


〒103-0001 東京都中央区日本橋小伝馬町17-9 さとうビルB館4階
tel & fax 03-6661-2276 https://www.roonee.jp/
額装の相談でご来店の方は、予約をおすすめします。 写真・文藝春秋写真部
