「男女雇用機会均等法がはじまって以来、今ではすっかり結婚しない女性もメジャーになってきましたけど、江戸時代の結婚は本当に大問題。嫁ぎ遅れたり、離縁されたりして生家で一生を送ることになれば、働く場所もないし、〈厄介者〉になるしかない。その点、大奥というのは、ごく一部が将軍のお手つきになって子供を生むこともあったけれど、多くはキャリア女性の集団で、能力によって立身出世もできました。独身でないといけないけれど、頼母子講を積んで退職金にする制度や年金システムもきちんとあって、大奥を引退した老後も暮らしには困らなかったんです」
本書の主人公・志乃も、かつて大奥に上がり、はからずもやや若くしてその地位を辞した後は、尼として麹町に〈常楽庵〉を結んだ。やがて近隣の商家の娘たちが、嫁入り前の行儀見習いに、志乃の下に通うようになる。
「女子校というか、英国のマナーハウスののりですね(笑)」に集う、年頃の娘たちは見目も性格も多種多様。しかし、時にとんでもない事件に巻き込まれてしまう。この地の定町廻り同心の間宮仁八郎は、その度に事件解決に奔走するが――という展開は、シリーズ前作の『老いの入舞い』の流れを、今回も受け継いでいる。
「仁八郎というのはとても古風な男の子。一方の志乃は意外に現代的なものだから、仁八郎の方がいつもやりこめられちゃうんでしょうね」
蔵から消えてしまった高価な掛け軸の行方(「宝の持ち腐れ」)、自分の死を予告した見知らぬ男(「心の仇」)、若い女子の髷を切る珍事件(「塗り替えた器」)と、結局は、大奥出身の尼僧の推理が冴え渡ることになる。
不甲斐ない自分に腹を立てるばかりの仁八郎だが、その存在がどうしても気にかかってしまう女子もいる。常楽庵に通う中でも、とりわけ聡く、ちょっとお転婆なおきしだ。志乃は若き日の自分に彼女を重ね、なかなか嫁入りが進まないことに気を揉んだりもする。しかし、いよいよ仁八郎とは対照的な男性との縁組が決まったところへ、まさかの試練が襲う。
「女性にとって結婚というのは、相手の人生を背負うこと。だからこそ、おきしは『敵を討ちます』というリベンジを誓うわけですが、彼女の決意にこれまで謎だった志乃の過去が絡み、その秘密が遂に明かされます。果たして志乃と北町奉行・小田切土佐守直年との間に何が起こったのか――男女の感じ方の差を埋められるかどうかが一つのテーマでもあって、そこがまさに『縁は異なもの』だと思っています」