〈「著者紹介で笑い取ってくるのズルい」46万いいねの投稿で大ヒットした朝井リョウのエッセイは何がスゴいのか〉から続く
直木賞作家・朝井リョウさんによるエッセイシリーズ「ゆとり三部作」。
『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』から構成される本シリーズですが、今年9月21日に「文庫のカバー袖の著者紹介が面白すぎる」という投稿がXで話題沸騰、46万いいね数と驚異的なバズを記録しました。
万バズの元となった投稿をしたのは、大阪拠点のアイドルグループ「カラフルスクリーム」のかれんさん。
「ゆとり三部作」の大ヒットを記念して、朝井さんとかれんさんに、今回のバズやエッセイ、朝井さんの新刊『イン・ザ・メガチャーチ』についてお話しいただきました。(2回目/全2回)
推し活とファンダム経済を描いた『イン・ザ・メガチャーチ』
——かれんさん、朝井さんの新刊『イン・ザ・メガチャーチ』はいかがでしたか? 『そして誰もゆとらなくなった』とは全く雰囲気が違う、推し活とファンダム経済をテーマにした長編小説でした。
かれん 面白かったです! 本当に印象に残っている部分が沢山あって……記録に残しておきたくて、好きな箇所に付箋を色々貼りました。
朝井 現役アイドルのかれんさんの目に触れて大丈夫かなと思いつつ、嬉しいです。一応、前提として私の方から今回の新刊を書いた経緯をお話ししてもいいですか?
——お願いします!
朝井 私は『ASAYAN』という番組が放送されたときからオーディション番組が好きなのですが、ここ数年で「視聴者投票型」のオーディション番組が始まったことで視聴者の在り方が大きく変わったように思っていて。身の周りでも、“推し”の候補生を布教するために職場にポスターを貼り始めたり、毎日インスタライブをして投票を促したりと、自分の行動原理を変える人が続出したんです。
私はなかなか行動原理が変わらないタイプということもあり、昨日までの自分をあっという間に塗り替えていく友人の姿に大変な眩しさとある種の昏がりを感じていました。それが『イン・ザ・メガチャーチ』を書く一つのキッカケになっています。
“ファンダム”って、言い換えると、本気で何かを成し遂げたい人たちの行動力の集合体、だと思うんです。それを切り口に人間を動かす原動力について書くことで、これまでなかったような形で選挙や戦争のメカニズムにも言及できるんじゃないかなと。だから決して、アイドルとファンの関係性を意地悪く書こうとしたものではないことをお伝えしたい!
かなり“気にしい”な性格なので……
かれん もちろん、そんな風には読まなかったです(笑)。私はむしろ、このお話の中の「友達」という言葉に考えさせられました。
作中に、 “自分以外の誰かと一つの物事を同じ目線で見つけることができる時間というのは、すごく貴重なのかもしれない。もしかしたらそれが、友情と呼べる時間なのかもしれない”っていう文章があって。
最近、アイドル活動をしていて「友達ってなんやろな」って考えることがあったんですが、この文章を読んで、カラフルスクリームのメンバーがそうなのかもしれないって思いました。まさに同じ目線で、同じ経験をしているわけなので。それまでの私は、メンバーは仕事仲間であって、友達ではないと言い聞かせているところがあったんですが、「友達」って呼んでもいいんじゃないかなって。ちょっと嬉しくなりました。
朝井 すごい。この本から現役アイドルの方が語る感想の最適解が、まさに今叩き出されたと思います。カラフルスクリームの今の8人の方々って、個性はバラバラなのにまとまりがあって、とても素敵ですよね。キャラもタイプも全員違う感じがします。
かれん そうですね、「誰が見てもメンバーの誰かを好きになるだろう」みたいな感じです!(笑) あとは、「視野の広い/狭い」についてずっと扱っていたのも印象に残っています。
朝井 視野は、本作のキーワードの一つですね。
かれん 私自身、かなり「気にしい」な部分があるんですよね。周りにどう思われているかが気になって、行動が起こせないときがあるんです。今回の『そして誰もゆとらなくなった』のバズでも「著者紹介で笑い取ってくるのズルい」というポストをする前に、辞書で「ズルい」という言葉の意味を調べました。
——そうだったんですか!?
かれん 「すごい悪い意味だったらどうしよう」って思って(笑)。そしたら、「ズルい」という言葉にはもちろん「卑怯」という意味もあるけど、「才能を羨ましく思う」という意味もあったんです。「じゃあ、私はこっちの意味で使おう」と思って、ポストした上で、リプで「ズルい」の言葉の意味を解説しました(笑)。
朝井 脊髄反射でSNSに言葉を投稿する人も多い中、本当に素晴らしい姿勢ですよ……。
かれん みんなから悪く思われたくない、っていうのが原動力なんですけどね(笑)。こんな一面があるので、なるべく視野を広くもっていたいと思っているんですが、そうすると行動を起こせないときがある。作中でも、視野が狭いファンの方が、ものすごい行動力を出している話がありましたよね。「視野が広いからいいわけじゃない」というのが、この本を読んだ後で自分の中で変わった部分です。
朝井 さっき、私はなかなか行動原理が変わらないと申し上げましたけれど、それはやっぱり私も視野を広く持ちたい、もっと言うと失敗したくないタイプだからだと思います。準備過多な気質をもっと手放してみたいんだけど、でもそんな用心深さに助けられてきた面も大いにあるので、難しいんですよね。
現役アイドルで大学生のかれんさんに、朝井さんから一言
——『イン・ザ・メガチャーチ』は、視野を狭くして没入したもの勝ち、とは一概には言えない印象を受けました。実際のところ、朝井さんはどう思われているのでしょうか。
朝井 こういう質問はインタビューでよくいただくんですけど、作者自身の考えはあまり言わないようにしています。私は特に今作のような小説を書くときに、「両義性」を大事にしたいって気持ちがあるんです。今の私は、特定の人物に感情移入してその成長を見守ってもらいたいとか、そういうことを思っていなくて、“今この時代の空気感”をそのまま文章として残す作業に興味があるんですね。正直、本の意義などは度外視して書いている部分が大きくて、我ながらただの自己満足だなと呆れるのですが……空気感の文章化を実現するためには、思想が異なる人たちや一つの習性の両義性を同じ解像度で描く作業が大事だと思っています。特に今回はその点を意識しながら書いたので、作者がどの考えを推奨しているのかが分からない方がいいな、と。
かれん 私も読みながら「朝井さんはどの考えなんだろう?」って考えていました。大学生の解像度も高くて、「すごい!」って。
朝井 危ない! 大学生の描写、不安だったんです。安心しました(笑)。
かれん 中でも、大学生の澄香ちゃんとは自分自身を重ね合わせることが多かったです。「自分が学びたいこと」「将来やりたいこと」について、私もよく考えるので。
朝井 今、かれんさんと同年代の方々は就活の時期ですよね。特にかれんさんは現役アイドルでもあり、阪大生でもあり……選択肢が多いからこそ、今がすごく「岐路」ですよね、きっと。
かれん はい。学生時代がもうすぐ終わりに近づいていて、でも私にはアイドルの仕事もあって……。でも、選択肢が多いからこそ悩めるから、それはありがたいことだと思いました。
朝井 私が21、22歳のときは、「新卒の期間に就活を終わらせないとだめだ」「留年なんて絶対だめだ」みたいな強迫観念が蔓延していたと記憶しているんですけど、今になって思うのは、20代の数年間って、どんだけでも迷走してもよかったなー、ということ。1~2年間、考える期間を延ばすのって全然ありだったよなあと思います。なのでフレキシブルに構えて、「未来の方が来い!」というマインドでいてください。
かれん 結構悩んでいたので、嬉しいです(笑)。ありがとうございます!
朝井 私は今36歳で、平成の影響をすごく強く受けているんですね。だから自分が書いている作品も、結局は平成らしさがすごく出ていると思う。
でもこれから、かれんさんの世代のアイドルやファンの方々が、私が思いもつかないような関係性を築いたり、文化を育んでいくんだと思います。『イン・ザ・メガチャーチ』はきっとすぐに“過去の空気感”になって、リアリティという意味で小説として通用しない世界にすぐになると思う。そんな変化を見て、びっくりする側に回るのが楽しみです!
〈プロフィール〉
朝井リョウ 1989年5月31日生まれ。岐阜県出身。小説家。2009年、早稲田大学在学中に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『何者』で第148回直木三十五賞受賞。エッセイ『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』(すべて文春文庫)の“ゆとり三部作”が今回のバズにより増刷を重ねる。最新作は『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版)。
かれん(カラフルスクリーム) 2004年12月12日生まれ。2020年8月より研修生、12月よりカラフルスクリーム正規メンバーに。2025年6月「クロネッカーの青春の彩り」で徳間ジャパンよりメジャーデビュー。大阪大学在学中。











