事実上「世界の金融首都」の役割を担ってきたウォール街。ここが今、サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)の直撃を受け、総崩れの危機に直面している。ウォール街に君臨してきた大手投資銀行が、破綻、身売り、商業銀行化のいずれかの道を選ばなければならなくなり、すべて消え去ることになった。
派手なM&A(企業の合併・買収)をしかけ、ヘッジファンド産業に巨額の資金を供給し、若いバンカーに目がくらむほどの報酬を払ってきたウォール街。いわば「市場原理主義の申し子」が、一九二九年のニューヨーク株暴落に端を発した大恐慌以来の打撃を受けているのだ。
ウォール街のビジネスモデルはなぜ間違ったのか。市場原理主義はどうして行き過ぎたのか。そもそも市場原理主義はどこで生まれたのか。このような問いに答えるにはアメリカの歴史を振り返る必要がある。私が翻訳した『ランド 世界を支配した研究所』の真価はまさにここにある。
本書は、もと空軍のシンクタンクであるランド研究所を題材にしたノンフィクションだ。ランドの研究者や出身者が戦後のアメリカの歴代政権に深く入り込み、国の最重要政策を左右してきた。それだけではない。いま私たちの住むこの世界で信じられている理論や概念の多くが、ランドの研究によって生み出されたものだというのだ。そのひとつが、市場原理主義の源流となる合理主義だ。
もともとはソ連とのイデオロギー上の戦いから合理主義は誕生した。ソ連の共産主義に対抗するためにアメリカも独自の“教義”が必要になったからだ。立役者は、のちにノーベル賞を受賞するランドの若き経済学者ケネス・アロー。マルクスが歴史から共産主義を必然としたのに対して、ランドとアローは、数値で裏づけされた合理主義によってそれを否定しようとした。アローは合理的選択理論を確立し、経済学の原則を書き換えた。
合理的選択理論の大前提は「人間は自己利益の最大化を求めて合理的に行動する」である。つまり、宗教や愛国心など集団的な動きには影響されず、人々は自己の利益の最大化を求めて合理的に行動するということだ。ソ連が個人よりも集団の利益を優先するならば、米国は徹底的に個人の利益を追求する世界を築こうとしたといえる。
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