刊行即重版の話題作『お祓いは家政夫の仕事ですか』(澤村御影著/文春文庫)に、怪奇幻想ライターの朝宮運河さんが寄せてくださった書評を公開します!

「怪談の本質」を思い起こすゴースト・ストーリー

『お祓いは家政夫の仕事ですか 霞書房の幽霊事件帖』澤村御影(文春文庫)

『怪談』で知られる作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と妻セツの生涯を描いたNHK朝ドラ『ばけばけ』の影響もあり、「怪談」という日本古来のエンターテインメントがあらためて注目を集めている。

 人はなぜ今も昔も怪談に惹かれるのだろうか。そこには多くの人が生まれつき持っている「怖いもの見たさ」の感情が関わっているが、理由はそれだけではない。怪談は、私たちがなぜこの世に生まれ、死んだらどこに行くのか、という問いを取り扱う話芸であり文芸だ。だからこそ幽霊や物の怪が登場する怪しい物語が、私たちの心を深いところから揺さぶるのである。

「准教授・高槻彰良の推察」シリーズなどの人気作で知られる澤村御影が11月に発表した『お祓いは家政夫の仕事ですか 霞書房の幽霊事件帖』(文春文庫)は、そんな怪談の本質をあらためて思い起こさせてくれるような優れた試みだ。著者が得意とするバディもの×ミステリーという特徴を今回もしっかり兼ね備えつつ、怪しい事件の向こうに深い感動が待ち受ける、優しい読み味のゴースト・ストーリーに仕上がっている。

 主人公の犬丸秋生は現在21歳の大学生。家事代行サービス・槙田まごころサポートでアルバイトをしている彼は、人呼んで“婿にしたい家政夫ナンバーワン”。得意の料理をはじめ、洗濯、掃除、買い物、庭の草むしりから家具の組み立てまで、こまやかな心配りと持ち前の明るさで、利用者の好評を得ている。

 ある日、秋生はバイト先の社長・槙田美波から、新しい派遣先を紹介された。彼女の友人、羽佐間紫織の甥である鹿住透、24歳。横浜の元町にある洋館風の大きな家に、一人で住んでいるというその青年の家事をサポートしてもらいたいという。透の商売は今どき珍しい貸本屋。しかし自宅に併設された店はお世辞にも流行っているとはいえない。透は極端なまでの引っ込み思案で、初対面の人と接するのが苦手なのだ。

優しくも切ない除霊のやり方

 適切な距離感を保ちながら、少しずつ透と鹿住家での仕事に馴染んでいく秋生だったが、店に緊張した面持ちの客がやってきたことで事態は一変。小松と名乗ったその男性は、透に“霞を払ってほしい”と依頼してきた。透の本業は貸本屋ではなく、特殊な力によって霊を祓う「祓い屋」だったのだ。

写真はイメージです。

 鉄道会社に勤める小松の話では、2か月ほど前、電車への飛び込み事故が起こって以来、駅では女性の幽霊が現れるという。別人のようにてきぱきと対応する透の様子に驚きながら、ともに現場の駅に向かった秋生は、そこで信じがたい光景を目の当たりにする。幽霊の出現と、透による鮮やかな除霊だ。透がどのように霊を祓うかは、ぜひ本を読んで確かめていただきたいが、貸本屋という副業とも密接に絡んだ、ユニークなスタイルの除霊であることはお伝えしておこう。

 そしてこの透の除霊スタイルが、本書を優しく、切ないものにしているのは間違いない。死後もこの世をさまよう幽霊たちは、一見すると不気味で怖ろしい存在だが、透はそれを拒絶することはしない。幽霊たちも生前は固有の名前を持ち、自分だけの人生を歩んでいる人間だった。透はその存在に寄り添い、その声に耳を傾ける。そしてその行為が、迷える魂を成仏へと導いていく。初対面の人が苦手な透だが、実は誰よりも他者のことを分かろうとしているのだ。

互いに通じる〈家政夫〉と〈祓い屋〉のバディ

 寄り添うといえば、家政夫としての秋生も実は同じである。彼は家事について「家の中が片付いていれば気分がいいだろうし、おいしいごはんを食べれば嬉しくなる。それは決して疎かにしてはいけない幸せだ」と考えている。彼が家政夫として有能なのは、利用者の幸せについていつも考え、想像を巡らせているからだろう。これは祓い屋としての透のスタンスに通じるものがある。

 実際、透と秋生はよきバディ(というか探偵役と助手)となって、いくつもの事件を解決していく。駅での幽霊事件(「二十一時三十八分の幽霊」)に続いて、第二話「二〇一号室の女」ではストーカー殺人の被害者の霊が、第三話「ごっこ遊びの家」では交通事故死した母親と子どもたちの霊が、透と秋生の前に姿を現す。それぞれ幽霊の切実な思いが伝わってくるような物語が用意されているのに加え、「二〇一号室の女」では幽霊を現世に結びつけている“楔”の存在がミステリー的に解明され、「ごっこ遊びの家」では生者と死者が近づきすぎることの危険性がテーマとして浮上するなど、趣向の凝らされた連作短編集になっていて、最後まで気が抜けない。結末近くにはある登場人物にまつわる意外な事実が明らかになり、その切ない顛末にも胸を打たれる。

 物語は全三話で綺麗に完結しているが、透や彼の家族についてはまだまだ明かされていない部分も多く、大いに気になる。そのあたりはこの先、少しずつ語られていくのだろうか。一日も早いシリーズ化を希望したいところだ。

 八雲ブームによって怪談に注目が集まるなか、幽霊話を“かつて生きた人の物語”として読み解く物語が、実力ある作家によって書かれたことの意義は大きい。普段あまりホラーや怪談を読まない、という人にもぜひ手にしてもらいたい一冊だ。本が好きなら、透の口から発せられる言葉が、すとんと腑に落ちるはずである。

 忘れずに言い添えておくと、秋生の作る料理はどれもとても美味しそうだ。こんな家政夫さんがいるなら、ぜひとも依頼してみたい! 思わずそう感じた読者は、私だけではないだろう。