──生誕八十年を記念して、『向田邦子全集〈新版〉』(全十一巻・別巻二)が四月下旬から刊行を開始します。向田作品はなぜこれほど愛され続けるのか、その魅力を向田邦子さんがとりもったご縁で結ばれたお三方に語っていただきました。
鴨下 ぼくが向田さんと初めて会ったのは、森繁久彌さんがラジオの「森繁の重役読本」の収録をしているスタジオでした。収録後打ち合わせをするつもりでうかがうと、森繁さんは五本録(と)るつもりが台本がまだ二本できていないので手持ち無沙汰、「今そこで書いている」と言うんです。「書いている」と言うわりには、担当の人とゲラゲラ笑ってしゃべっている女の人がいる。天下の森繁を平気で待たせてる。それが向田さんでした。昭和三十八年ごろでしたね。
向田 姉は三十四歳ぐらいですね。
鴨下 僕は三十三年にTBSに入社したから、まだ二十代。
向田 諸田さんとのご縁は、姉のシナリオをノベライズしていただいたことですけど、鴨下さんが演出してくださった東芝日曜劇場「眠り人形」が最初でしたね。鴨下さんが突然にお電話をくださって、「新人だけど、とてもいい」とおっしゃったのよ。
諸田 ありがとうございます。本当に不思議なご縁ですよね。だって私は昔から向田さんの小説を読んでいたしドラマも観ていたけれど、邦子さんにお目にかかったことはないんです。
向田 ノベライズの出版社をどこにするかを決める前、玲子さんが「折り入ってお目にかかりたい」とおっしゃるので出かけてゆくと、「やりたいんです」と力強く言われた。それがとても心に響きました。
諸田 私は邦子さんの本やお芝居がとても好きなだけで、そのころは出版界のことを全然知りませんでした。ただただ、作品が好きだから本にしたいと願っていました。鴨下さんが、原稿を書いたことのない私に「書いたら?」と言ってくれたんです。きっといい加減におっしゃったんだと思うけど……。
鴨下 みんな忙しくて、アバウトな時代だったからね。向田さんだって、僕との初仕事の「奇妙な仲」の前に書いた「顎十郎捕物帖」なんか、演出の久世光彦から、「下手人がいない、どうしよう」と電話で相談されたこともある。あの話、結局、どうしたのかなあ(笑)。
諸田 アバウトでも、情熱さえあれば何かができた時代なんですね。
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