〈気遣い〉の達人
鴨下 それと、あんな察しのいい人は見たことがない。あるとき、向田さんに赤坂にあった京ふじに誘われたんです。僕は直前までVTRの編集をしていた。向田さんは店の外に立っていて、「すみません、遅れて」と言ったら、「ちょっと待ってて」と店へ入って行った。出てくると「新橋の金兵衛に行こう。京ふじは、きょうの鴨ちゃんはダメ。あなたはくたびれてて舌が参ってるから、上方の薄味じゃないほうがいい。金兵衛だったら味が濃いから」と連れてってくれた。
諸田 その人の顔色をひと目見ただけで、何を食べたいかまでわかっちゃうんですね。
向田 理屈じゃない、姉には動物的な勘みたいなものがあったんです。でも、姉は視力もいいから、欠点が先に見えちゃう。それは見たくなかったところもあると思うの。欠点は、見なければ「見ぬもの清し」でいいけれど、見え過ぎちゃうとつらい場合もありますよね。
鴨下 自分でも、「見ぬもの清し」とよく言っていましたね。
諸田 作品の中でも印象に残っています。自分でも見たくないと思っていたんじゃないでしょうか。
向田 見え過ぎると、自分が怖くなっちゃうこともあると思うんです。姉妹でも向かい合って座ったときは、絶対に本音は言いませんでしたよ。
鴨下 向田さんに「ご飯食べない?」と呼び出されても、なぜ呼び出されたのか最後までわからないことがたびたびあったね。こっちが察しをつけなきゃいけない。
向田 訊いても絶対に言わないのよね。
諸田 私はご本人を知らないから、作品でしかわからないけれど、あんなに行間が詰まっていて、言葉の少ない作家もいないと感心しました。向田さんは文章やセリフで説明しない。作品でも「お察しください」と言っている。
鴨下 大事なことはたぶん「言葉にしたこと」の外にある、本当のことは表には出ないんだと思っていたと僕は思うなあ。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。