鴨下 アバウトなりに動いていくところがあったんだね。僕は向田さんとシナリオの打ち合わせをしたことないもの。
諸田 打ち合わせをしないでドラマができるんですか?
鴨下 できちゃう(笑)。打ち合わせはしても五分か十分です。向田さんのやり口はね、たとえば「寺内貫太郎一家」で「ばあちゃん、温泉に行く」という回があって、おばあちゃんのいない間にいろんなことをしようという話。その打ち合わせに向田さんは雑誌のグラビアを一枚破いて持ってきたんです。
向田 そう、あの人はびりびりって破くのが好きなんです。
鴨下 はさみで切るんじゃなくてね。団体旅行の写真で、大広間に御膳がダーッと並んでいて、女中さんがポンプを背負って、みそ汁をピュッピュッとお椀についでいく風景。「おかしいでしょ。これ、やりたい」って言って、「これ、やる?」って念を押す。それで打ち合わせはおしまい。書きあがってきた台本を読むと、町内会の旅行を途中で黙って帰ってきたばあちゃんの第一声が、嫁さんへ「サトコさん、お化粧が濃いわね」。ばあちゃんのいない晩だからね、お嫁さんの化粧が濃いわけだ。この台詞(せりふ)ひとつで、もう名脚本。
諸田 向田さんはその打ち合わせに来るときに、どの程度考えていたんでしょう?
向田 白紙状態ですよ。
鴨下 一枚破いて持ってきたのが、向田さんとしては「大考え」だったんだよ。あれで一冊ぐらいの分量なんだな。
諸田 それを見つけただけで、「私は書ける」と思うところがすごいですよね。
鴨下 とにかく間に合わないから、自分で納得しちゃって、それで書き出すんだろうな。ドラマで必要な冠婚葬祭のシーンなんかもね、資料にするにはちゃんとした本じゃなくて薄っぺらい冠婚葬祭の手引書がいい、という。そこからネタを拾うんですよ。
諸田 たとえば時計みたいな小さいものに目がいくと、それからダーッと話ができてくる。ノベライズしていてとても不思議でした。ふつうの人があまり目を止めないようなものにパッと目をつけると、そこから作品が生まれてきちゃう。これはすごいです。
鴨下 とにかく記憶の神様みたいなところがあって、よく覚えてる。何かを見る、というより“感じて”思い出している。
諸田 古い家の匂い、廊下が軋(きし)む音、隣家から聞こえるお経……五感が研ぎ澄まされている。
鴨下 そうそう。もう一つは、同じことを二度言う。必ず念押しするんだよね。「ね、いいでしょ」って。
向田 わかります。姉は「おいしいでしょ?」って言ったら、「おいしいでしょ!」って必ずもう一回言ってました。
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