諸田 私は向田さんてどういう人かずっとわからなくて、どういう恋をしてたのかとか、女としてどうだったんだろうかを知りたかったんです。和子さんが『向田邦子の恋文』を書いてくださるまでわからなかった。ふつうだったら女は自分のことを誰かにしゃべりたくなるじゃないですか。
鴨下 昭和ひとけたの人は、たぶんあまりしゃべらない。戦時中に思春期を過ごしたから、そんなに軽々とはしゃべらないんだよ。
向田 あ、でもね、卒業しちゃったことに対しては、ポロリと「昔はこうだったのよ」みたいなことを話していました。何の脈絡もないときに、ほんとうにポロリと言う、それが本心だったりするの。
鴨下 こちらの言ったことは死ぬほど覚えているんだよね。僕が泡食ったのは、小説を書き出したときに、電話で「向田さん、小説を書くようになったら意地悪くなったね」と言っちゃったのが運の尽き。そのあと電話のたびに「この間書いたあれは意地悪かった?」と追及されて困りました(笑)。許してくれないんだよ。
向田 そういうところは、しつこいのよ。
鴨下 不思議と向田さんにとってこれはタブーだなというのがこっちはわかるんだよね。恋愛と身体のことは口にしたことがない。ふつうはわりと平気で背が高いねとか、痩せたねとか、太ったじゃないとか言うでしょう。乳癌の手術の前だって身体に関することは言えなかった、あの人には。
諸田 「今日は疲れてるみたいですね」とも?
鴨下 言えなかった。彼女にとってみれば無礼なことなんだよ。「私がお化粧をしていないということを言っているのか」と、目がそう言うんだよね。
向田 言葉では言わないけれど……。
鴨下 暗黙の了解。これは向田さんの生き方なんだよ。
諸田 さっき言葉の少ない作家だと言ったけど、私は武士みたいだと思います。弱みを見せたくないところがあって、見せると相手に気を遣わせるという意味で見せたくない。ひとつ先回りして、気にしちゃうんですね。
向田 先回りし過ぎて、おっちょこちょいをやっちゃうときもあるのよ。それで「いけない」と思っているんだけど、人にはそう見せない。
諸田 でもおっちょこちょいなところを相手にわざと見せたりするちゃめっ気もあって、面白いですね。
向田 わざとじゃなくて本当におっちょこちょいだったのよ。
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