千早茜さんが「珍しく、この小説には自分の体験も入っています」と語る“離婚”小説の『マリエ』。金原ひとみさんも、「私も離婚が成立してそこまで時間が経っていないので、一気に親近感が湧きました」と話が弾んだ初対談。
とても一言では語れない実際の離婚体験から、体験を描く際の流儀まで、作家の本音満載でお届けします。(前後編の前編/後編を読む)
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最初は「婚活小説」の依頼だったのに
千早 お目にかかるのは、はじめてですよね。
金原 そうですね。はじめまして。
千早 お会いしたかったので嬉しいです。私は二〇〇八年に「小説すばる新人賞」をもらってデビューしたんですけど、小説家を本格的に目指しだした二〇〇三年頃に金原さんがデビューされたのを覚えています。私にとっては存在が強烈すぎて、自分が職業小説家になってからはしばらく金原さんの作品が読めなくなってしまって。
金原 えーっ!?
千早 感情が持ってかれてしまうんですよね。今年出された長編の『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』を読んでいるあいだも、やっぱり自分の作品を書けなくなりました。自分の中にある「正しさという加害」に苦しくなって、SNSもしにくくなって。登場人物の怒濤の思考と感情に吞み込まれるというか……金原さんの小説って私にとってはパンドラの箱なんです。
今回、文庫化された私の小説『マリエ』が離婚についての作品なので、私と同じく離婚経験のある金原さんを対談にお呼びしたわけですが、金原さんが『マリエ』をどんなふうに読まれたのか、不安です。
金原 すごく面白かったですよ! 私も離婚が成立してそこまで時間が経っていないこともあって、冒頭のシーンに離婚の手続きのあれこれだったりハウツー的な内容が書かれていて、一気に親近感が湧きました(笑)。
夫から「恋愛をしたくなった」っていう訳のわからない理由で離婚を迫られる、というトンデモな状況が描かれていましたけど、「こういう人って絶対いるな」と読みながら確信しました。この元夫のキャラクターが面白かったです。
千早 よかった~(笑)。
金原 彼らの結婚生活というものにも想像を巡らせながら、主人公のまりえの新しい人生を一緒に歩んでいるような気持ちで読ませていただきました。まりえの新しい恋人の由井君が私は大好きです。
千早 ああ、私も好きです。
金原 あと、離婚後にまりえが結婚相談所に通い始めますが、自分の知らない世界に光を当ててもらった感覚でした。結婚相談所というものが自分の人生からあまりにかけ離れたものだったので。たまにテレビで婚活ドキュメントが放送されていますけど、あれの切り抜き動画とかしか見たことがなくて、ヤバい人が来る場所ってイメージになっていたので、リアルな婚活が垣間見れた喜びがありました。
千早 私もそれくらいの印象でした。ただ、当時の担当編集者の女性が結婚相談所に行っていたんですよ。自分から希望したわけじゃなく、親に言われて入会させられていたんですけど。
金原 そういう人も多いんですね。
千早 そもそも最初は、「婚活小説」を書かないかという話だったんです。当時、私は離婚したばかりだったので、「千早さんの体験を盛り込むのはどうですか」と。でも私は、あまり自分の体験を小説に落とし込むタイプではないので困りました。金原さんはわりと自分の人生と小説の内容とをシンクロさせているイメージがあるんですけど。
小説と人生がシンクロしてても大丈夫
金原 自分の私生活だったり、人生をどこまで反映させるかっていうのはもちろん作品によって違うんですけど、キャラとか細かいエピソードは実際にあった人やものをいくつか混ぜたり、設定を変えて使うことが多いですね。
千早 だとしたらけっこうハードですよね。
金原 日常的にやっているのでもうあんまりハードでもないんですけどね(笑)。『YABUNONAKA』で言ったら、女子大生と付き合っていた文芸誌の元編集長のエピソードは実際人伝に聞いたことがあったりとか、自分自身も離婚しようと弁護士や慰謝料、財産分与などについて調べていた時は、友梨奈という離婚したくてしょうがない登場人物のディテールに使いました。
千早 私も、珍しく『マリエ』には、自分の体験がけっこう入っているんです。ただ、離婚の原因や相手に関する部分についてはかなり変えています。
金原 作家によって、自分の人生をどこまで小説にシンクロさせていくかって全然違いますよね。私はけっこうシンクロしてても平気なほうなんですけど、千早さんは普段は小説にあまり自分を出さないんですね。
千早 エンタメ小説だからというのもあるのかもしれない。小説を書くときにまず主人公の年収、好きなブランド、体形、そういうものから決めていくから、そこに書かれている人物は私ではないんですよね。まりえにしてみても、私とはまず職種が違うし、身長も食の趣味も肝臓の強さも違う。なので、登場人物の感覚や言動に私が混じってくるとものすごく違和感があるんです。
金原 へえー、書き方が全然違う。私の場合、書き始めた瞬間には登場人物の名前も決めてなくて、名前を出さなきゃいけないシーンになって「どうしよう」って考えるんです(笑)。で、「そろそろ年齢も出さなきゃいけない」となってから年齢も考え、また少し進むと「あ、職業どうしよう」みたいな。
千早 えぇー。本当に全然違いますね。純文学の作家さんはそういう書き方をされる印象はありますけど。
金原 「え、食べ物は何が好きなの?」みたいな感じで、居酒屋のシーンを書きながらその人物と仲良くなっていく感覚ですね。
千早 私は理詰めで作っちゃうので、そういう書き方は憧れでもあるんです。でも、『YABUNONAKA』はかなり構造的な小説でしたよね。事前に設定を決めないといけなかったのでは。
金原 出版業界の話にしようという方向性は決めていました。過去の性加害を告発される元編集長と、女性作家、男性編集者、女性作家の彼氏、と五人前後の視点人物にしようかなと思っていたんですけど、書いていくうちに、若い人たちの目線も入れたくなって、登場人物を増やしていったんですよね。
「離婚ゼクシィ」が欲しかった
金原 『マリエ』を書いた段階で、千早さんはもう離婚されていたんですか。
千早 えーとですね、今日のためにいろいろと思いだしてきたんです……。『マリエ』は二〇二二年にしていた連載なので、既に離婚は成立していますね。コロナ中だったんですが、離婚をきっかけに長く住んでいた京都から東京に引っ越して一人暮らしを始めて。さっきも言った当時の担当編集者から「離婚したことで感じた社会的な葛藤とか、手続きをする上での男女の差別とか、そういうことは記録しておいたほうがいい」と言われて『マリエ』を書いたんです。
金原 離婚して、名前を変えなきゃいけない煩わしさとか。
千早 私は結婚したときに名字を変えていなかったので、その部分では苦労してなくて。とはいえ、正直「離婚ゼクシィ」みたいなものがあればいいのにと思ったのは覚えています。
金原 あー、わかります。離婚のハウツーを新書とか実用書じゃなくて、もっとフランクに読みたいですよね。
千早 結婚のときは手順とか用意しておくべきものを解説してくれる本がいっぱいあるのに、離婚のときにはそういうガイドがあまりない。私は離婚と同時に同居を解消して引っ越すことになったので、どのタイミングで転居届を出して、住民票はいつ変えたほうがいいのかとか、パスポートとか……かなり大変でした。先にこっちの手続きをすればよかったと後から気づくこともあって。これでもし名前を変えることになっていたら、さらに面倒だったと思います。あと私の場合、家族との問題が大きかったんですよね。
結婚するときって向こうのご両親に挨拶するでしょう。
金原 私はしませんでした(笑)。
千早 それはまあ、人それぞれですもんね(笑)。私の場合は、親から「何も言わずに離婚するのか」と言われて向こうのご両親に手紙を書きました。
金原 えーっ!?
千早 夫の親なのだから夫が報告すればいいとは思ったんですけど、一般社会のルール的にどうなのかがよくわからなくて。だから「離婚ゼクシィ」があればなって。
まあでも、そもそも私は「ゼクシィ」も読んだことはないんですけど(笑)。小学校ぐらいの頃から「一生結婚しない」とずっと言ってたので。
金原 えー、そうなんですね。
千早 でも結局結婚して、離婚して、二年前に再婚したんですけどね。またしたよって感じで(笑)。
金原 同じ状況なので私もよく聞かれます。「離婚したのに、もう一回結婚したいと思うものなの?」って。でも、この人との結婚と、あの人との結婚は全く別物だしなって思っています。
千早 本当にそう思います。ただ私は、結婚は家族観や世間体といった社会的なものが絡んでくるイメージを持っていたので、前の結婚と今の結婚は別と言いながらも、関係性という点においてだんだん似てくるんじゃないかという怖さはありました。
(後編へ続く)










